医療視点で見る介護業界の課題と医療との境界について

医療視点で見る介護業界の課題と医療との境界について

前回の投稿では、医療および介護業界を取り巻く環境について整理しました。(『業界の未来を見据えて |JALA-日本アメニティライフ協会』)その中で特に重要なポイントとして、2040年頃に市場規模が頭打ちし、地域によってはすでに減少に転じていること、そして、それらを支える働き手の確保が困難になるという点が挙げられました。

このような社会的背景を踏まえ、介護業界では急速な変革を求められてきます。特に医療との連携や両者の境界性に関しては、現場での実態を反映した具体的な方向性を示す必要があります。本稿では、医療経営の視点から介護業界の現状と課題について深掘りし、医療との境界性に関する重要な論点を検討していきたいと思います。

1. 介護業界の現状と課題

(1) 人材不足

介護業界では、慢性的な人材不足が深刻化しています。その主な原因は、労働環境の厳しさと賃金の低さです。このため、求職者が介護職を敬遠し、特に若年層の離職率が高くなっています。結果として、安定した人材の確保が難しい状況が続いています。

医療業界でも人材不足は問題視されていますが、医療職には資格が必要なため、人材の流出には一定の歯止めがかかっています。一方、介護業界では特別な資格がなくても働ける職種が多く、他業界への転職が容易です。そのため、人材が定着しにくいという課題があります。

さらに、介護施設の利用者は主に年金生活者であり、サービス料金には上限があります。そのため、施設の収益も限られ、職員の給与を十分に引き上げることが難しくなっています。結果的に、他産業と比べて賃金水準が低いため、ますます人材確保が困難になっていきます。

日本では少子高齢化が進み、介護を必要とする高齢者の数が年々増加しています。それに伴い、介護職員の需要も高まっていますが、十分な人材を確保できていません。その結果、現場では一人あたりの業務負担が増し、離職がさらに進むという悪循環に陥っています。

(2) 医療との連携

高齢者の多くが慢性疾患や認知症を抱える状況において、介護と医療の連携は不可欠です。
しかし、現在の介護・医療体制には地域差や制度の壁があり、スムーズな連携を妨げる要因となっています。特に、情報共有の不足が顕著であり、医療機関と介護施設間での患者情報の伝達が十分に行われていないケースが多く見受けられます。

例えば、病院での治療後に介護施設へ移る際、患者の医療情報が適切に伝達されないと、施設側が適切なケアを提供できず、結果的に利用者の健康状態が悪化し、再入院を余儀なくされるケースがあります。在宅ケアを希望する高齢者が増えているにもかかわらず、訪問医療と訪問介護の連携が不十分なため、適切なケアが提供されず、家族の負担が増大するケースも少なくありません。

2. 介護業界の課題への解決策

前述したように、介護業界は慢性的な人材不足や経営の厳しさなど、さまざまな課題を抱えています。今後、持続可能な介護サービスを提供するためには、以下の3つの視点から解決策を講じることが重要となってきます。

(1)経営効率の向上

介護業界では、ICT(情報通信技術)の導入や業務プロセスの効率化が進められています。
介護記録の電子化、AIを活用したケアプラン作成、シフト管理システムの導入などにより、職員の負担を軽減し、サービスの質向上が期待されています。しかし、中小規模の介護事業者では、資金や人材の不足によりデジタル化の導入が進みにくい状況です。

また、ICT導入後の運用やメンテナンスには専門的なスキルが必要ですが、それを担う人材の確保が難しいという課題もあります。一方で医療業界では、すでに電子カルテやオンライン診療などICT化が進んでいます。介護業界でも、医療機関と連携した電子データ共有の仕組みを整えることで、医療と介護のシームレスな情報連携 が可能になります。

例えば、病院から介護施設への退院支援をスムーズにするために、患者の医療情報を介護施設とリアルタイムで共有することが重要です。また、訪問看護ステーションと介護施設が連携し、看護師が介護現場での医療的ケアを支援することで、業務の効率化と利用者の安全確保につながります。

具体的な施策

  • 事業規模の拡大と統合:中小事業者が連携し、経営基盤を強化することで、ICT導入のコストを分散する。
  • 介護ロボットの導入:移乗支援ロボットや見守りセンサーを活用し、職員の負担を軽減する。
  • 新たな収益源の確保:医療機関との提携により、介護施設内でのリハビリテーションプログラムを拡充する。

(2)人材育成とキャリアパスの確立

介護職員の定着率を向上させるためには、賃金の改善だけでなく、キャリアアップの道筋を明確にすること が不可欠です。介護職は、肉体的・精神的に負担が大きく、長く働き続けるためには、仕事にやりがいを感じられる仕組みが求められます。
医療業界では、医師や看護師が専門資格を取得し、スキルアップしながらキャリアを築いていくのが一般的です。
一方、介護業界では、初任者研修から介護福祉士、ケアマネージャーといった資格ルートはあるものの、その制度が十分に活用されていないケースが多く見られます。医療業界と同様に、明確なキャリアパスを整備し、専門性の高い職種を育成すること が必要です。

具体的な施策

  • 昇進制度の整備:経験年数やスキルに応じた昇進制度を確立し、職員のモチベーション向上を図る。
  • 専門スキルを習得できる研修制度の充実:認知症ケアや医療的ケア(たとえば服薬管理や褥瘡予防など)について、医療機関と連携した研修を実施する。
  • 資格取得支援制度の強化:介護福祉士やケアマネージャーなどの資格取得を支援し、キャリアアップを促進する。
  • 医療との連携強化:介護職員が看護師や理学療法士と共同で働く場を増やし、スキルアップの機会を提供する。

(3)地域包括ケアシステムの推進

「地域包括ケアシステム」とは、高齢者が住み慣れた地域で自立した生活を送れるよう、医療・介護・福祉が連携して支援する体制です。特に、高齢化が進む地域では、地域の資源を最大限活用し、地域全体で高齢者を支える仕組みを作ることが重要です。医療業界では、地域医療連携の強化が求められています。特に、在宅医療と介護サービスの連携を深めることにより、高齢者の生活の質を向上させ、医療機関の負担を軽減することができます。
例えば、退院後の在宅ケアをスムーズに行うために、訪問診療・訪問看護・訪問介護が密に連携することが不可欠です。また、病院や診療所が介護施設と連携し、予防医療を推進することで、高齢者の健康維持にも貢献できます。

具体的な施策

  • 地域資源の有効活用:介護施設やデイサービス、地域の診療所が連携し、高齢者が定期的に健康相談を受けられる仕組みを整える。
  • 地域ボランティアの活用:見守り活動や買い物支援などを、地域住民と協力して実施する。
  • テクノロジーの活用:オンライン診療や遠隔健康管理システムを活用し、高齢者の健康状態を医療機関と介護施設が共有する。

介護業界の課題を解決するためには、経営の効率化、人材育成、地域包括ケアシステムの推進 という3つの視点が重要です。さらに、医療業界と介護業界が連携し、ICTの活用、キャリアパスの整備、地域密着型の支援体制を強化することで、より質の高い高齢者支援が可能になります。
今後の高齢化社会に対応するためには、介護と医療の垣根をなくし、一体となって高齢者を支える仕組みを作ることが求められます。

3. 医療と介護の境界性

医療と介護の役割は本来異なるものですが、現場ではその境界が曖昧になり、サービス提供における課題が浮き彫りになっています。特に、高齢者の増加に伴い、医療的ケアが必要な介護施設の利用者が増えており、医療と介護の役割分担の不明確さが現場の混乱を引き起こす要因となっています。
こうした課題を解決するためには、医療と介護の連携をより強化し、適切な役割分担を明確にすることが求められます。

(1) 医療と介護の境界が曖昧であることによる課題

現在の介護現場では、介護職員がどこまで医療行為を担うべきかという問題が大きな課題があります。
例えば、たんの吸引や経管栄養といった医療行為の一部は、一定の研修を受けた介護職員が実施できるようになりましたが、それ以外の医療行為には厳格な制限があり、結果として介護現場での対応が難しくなっています。一方で、介護施設に常駐する医療従事者の数が限られているため、利用者の健康状態の変化に即座に対応できないケースも発生しています。
医療の現場から見ると、介護施設での医療的ケアの範囲を適切に拡充することで、病院の負担軽減につながる可能性があります。しかし、無資格の介護職員が過度に医療行為を担うことで、安全性の担保が難しくなるリスクもあります。そのため、介護職員が担える医療行為を安全に実施できる体制を整備するすることや、医療従事者との連携を強化し、必要な医療支援を迅速に受けられる仕組みを構築することが求められてきます。

具体的な施策

  • 医療行為の一部拡充と教育体制の整備:介護職員が対応可能な医療行為の範囲を拡充し、安全に実施できる研修制度を強化する。
  • 医療との連携強化:医療機関と介護施設が協力し、医療従事者が定期的に訪問し介護職員を教育サポートする仕組みを確立する。
  • 遠隔医療の活用:オンライン診療や遠隔モニタリングを活用し、医療従事者がリアルタイムで介護施設の利用者の健康状態を把握できるようにする。

(2) チーム医療と介護の連携強化

近年、高齢者ケアの現場では「チーム医療」の重要性が高まっています。チーム医療とは、医師、看護師、リハビリ専門職(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)、介護職員、ケアマネージャーなど、多職種が協力して利用者のケアを行う仕組みです。このアプローチを強化することで、医療と介護の間にある課題を解決し、より良いサービス提供が可能になります。
医療機関と介護施設との連携が強化されることで、こういったチーム医療が強化され、急性期治療後のスムーズな在宅復帰や施設入所が可能になってきます。例えば、退院後のリハビリテーション計画を病院と介護施設が共有し、継続的なケアを提供することで、高齢者の自立支援をより効果的に進めることができます。

具体的な施策

  • 定期的な合同カンファレンスの実施:医療機関と介護施設が定期的にカンファレンスを開き、患者・利用者の情報を共有する。
  • ICTの活用による情報共有:電子カルテの共有やオンラインカンファレンスを活用し、リアルタイムで医療と介護の連携を図る。
  • 相互研修の実施:介護職員が医療知識を学び、医療従事者が介護現場の実態を理解するための研修を定期的に実施する。

ICTの活用や合同カンファレンスの実施、遠隔医療の導入などを進めることで、医療と介護のシームレスな連携が実現し、高齢者のQOL(生活の質)向上にもつながってきます。

この記事の執筆者

事務長さぽーと株式会社 
代表取締役 加藤隆之氏

医療法人おひさま会 事務局長・理事、中小企業診断士、MBA

病院向け専門コンサルティング会社にて全国の急性期病院での経営改善に従事。その後、専門病院の立ち上げを行う医療法人に事務長として参画、院内運営体制の確立、病院ブランドの育成に貢献。M&A仲介会社(日本M&Aセンター上席研究員)を経て起業。現在は、病院・企業の経営支援の傍ら、アクティブに活躍する病院事務職の育成を目指して各種勉強会の企画・講演・執筆活動など行っている。共著に「事例でまなぶ病院経営 中小病院事務長塾」「事例でまなぶ病院経営 事務管理職のすすめ」がある。