人材が定着する介護事業所の特徴とは?
前回のコラムでは、介護事業所の離職率は全産業を下回る水準にあるものの、事業所による差が大きいことを確認しました。「また人が辞めていく…」そんな悩みを抱える現場も少なくないのではないでしょうか。労働需給がひっ迫する中、少人数の離職でも現場の負担増に直結しやすいため、人材の定着は喫緊の経営課題です。
それでは、人材が定着する事業所とは、どのような特徴があるのでしょうか? 本稿では、前回に引き続き介護労働安定センター「令和6年度介護労働実態調査」の結果をもとに検討していきます。
*参考:介護労働安定センターウェブサイトhttp://www.kaigo-center.or.jp/report/
1. 7割以上が「定着率は低くない」と回答
まずは、事業所の管理者が人材の定着率についてどうとらえているか、その「認識」から見ていきましょう(図1)。
図1 定着率について事業所の認識
※介護労働安定センター(2025)「介護労働実態調査(事業所調査)」より筆者作成。n=8,978
図1を見ると、「定着率は低くない」との回答が7割以上(72.5%)を占めており、大半の事業所では、定着状況は比較的良好だと認識されていることがわかります。
一方で、「定着率が低く困っている」(19.2%)という事業所も約2割存在します。興味深いのは、「定着率は低いが困っていない」(6.7%)という層です。これは、補充の見通しが立っているか、人の入れ替わりは許容している、といった背景があるのかもしれません。
とはいえ、これらを合計した25.9%(全体の4分の1)の事業所では、「定着率が悪い」と認識しているのが実情です。前回のコラムで確認した離職率データと同様、多くの事業所が安定している一方で、一部の事業所に課題が集中している構図がここからも見えてきます。
では、定着率の良い事業所と悪い事業所とでは、一体何が違うのでしょうか。次に、さらにデータを掘り下げていきます。
2. 「施設系」と「大規模事業所」に人材定着の課題感
まず、事業所属性別にデータを詳しく見ていきましょう(表1)。
表1 人材の定着率について事業所の認識(事業所属性別)n=8,978
※介護労働安定センター(2025)「介護労働実態調査(事業所調査)」より筆者作成。
※表の見やすさを考慮して無回答の数値を割愛している。赤の網掛けは全体より5ポイント以上高い数値、緑の網掛けは全体より5ポイント以上低い数値。
サービス系列別にみると、「施設系(入所型)」と「居住系」は、「定着率が低く困っている」と回答した割合が他の系列より高く、課題感が強いことがわかります。これは、24時間365日利用者の生活を守るという緊張感や、夜勤・シフト勤務といった、入所施設ならではの労働環境が影響していると考えられます。
次に規模です。これは、法人・事業所規模ともに、「大きいほど定着に苦労し、小さいほど安定している」という明確な傾向が見られます。
特に、法人規模「300人以上499人以下」、事業所規模「50人以上」で課題感が顕著です。この背景には、先ほどの「施設系」は特養や老健など事業所規模が大きい傾向にある点や、組織が大きくなるほど多様な人材の出入りが増え、マネジメントが複雑化する点が関係していると考えられます。
事業開始後経過年数では、全体に大きな違いはありません。しかし、「3~4年未満」の事業所では、「定着率は低くない」という回答がやや減っています。これは、組織の立ち上げ期を乗り越え、いわゆる雇用の「3年の壁」のように、新たな組織課題に直面する時期なのかもしれません。
これらの結果をまとめると、事業所が認識する定着への課題感は、特に「施設系(入所型)」「居住系」といった施設系で、なおかつ「大規模な法人・事業所」において強いことが浮き彫りになります。
3. 事業所と職員の「認識のズレ」――人材が定着する施策とは?
次に、具体的にどのような取り組みが人材定着に効果を上げているのかを確認していきます。ここでは、事業所側と労働者側の双方に「効果があった施策」を尋ねたデータを見ていきましょう(図2)。
図2 事業所調査「定着に効果があった施策」/労働者調査「仕事継続に役立っている勤務先の取り組み」(複数回答)
※介護労働安定センター(2025)「介護労働実態調査(事業所調査)」および「同(労働者調査)」より筆者作成転載。事業所調査n=8,978。労働者調査n=21,325。図の見やすさを配慮して「その他」「役立っているものはない」「無回答」の数値は割愛している。
図2は、事業所調査「定着に効果があった施策」(ブルーの棒グラフ)、および労働者調査「仕事継続に役立っている勤務先の取り組み」(オレンジの棒グラフ)を比較したものです。それぞれの上位3項目を見ていきましょう。
<事業所調査>
- 第1位:有給休暇等の各種休暇の取得や勤務日時の変更をしやすい職場づくり(34.4%)
- 第2位:賃金水準の向上(30.9%)
- 第3位:人間関係が良好な職場づくり(29.5%)
<労働者調査>
- 第1位:人間関係が良好な職場づくり(47.2%)
- 第2位:有給休暇等の各種休暇の取得や勤務日時の変更をしやすい職場づくり(43.2%)
- 第3位:職場内での仕事上のコミュニケーションの円滑化(30.6%)
まず、双方がともに重要だと考えている項目は、
- 有給休暇等の各種休暇の取得や勤務日時の変更をしやすい職場づくり
- 人間関係が良好な職場づくり
となっています。柔軟な働き方と風通しの良い人間関係が、定着の土台であることは共通の認識と言えそうです。
一方で、両者の優先順位には差があります。最も注目すべきは、「人間関係が良好な職場づくり」の評価です。
労働者のほぼ半数が「働き続ける上で役立っている」と回答しているのに対し、事業所側の評価は3割に届きません。実に17.7ポイントもの大きなギャップがあり、事業所が考えている以上に、職員は日々の人間関係を重視していることが分かります。
次に注目すべきは、「賃金水準の向上」です。事業所では第2位に入っていますが、労働者側のトップ3には入っていません。代わりに労働者が重視するのは、「コミュニケーションの円滑化」であり、日々の報告・連絡・相談といったスムーズなコミュニケーションを求めていることがわかります。
4. 「定着の鍵」は、日々のコミュニケーションにあり
以上のデータからうかがえるのは、事業所側と労働者側の「認識のズレ」です。
事業所は、賃金や制度といった「ハード面」の整備に力を入れがちですが、職員が本当に求めているのは、人間関係や日々の意思疎通といった「ソフト面」の充実です。
もちろん賃金水準の向上も重要ですが、それだけでは人材をつなぎとめる決定打にはなりません。
毎年の労働者調査で、介護職の離職理由のトップが「人間関係」である事実が、このデータの重要性を裏付けています。チームケアが生命線である介護現場において、コミュニケーションの不全はケアの質の低下、ひいては職員のやりがいの喪失に直結してしまうのです。
では、「人間関係が良好な職場づくり」や「職場内での仕事上のコミュニケーションの円滑化」はどのように築けるのでしょうか?
多くの介護現場で聞かれるのは、「声掛け」の重要性です。それは単なる挨拶にとどまりません。
- 第一段階:挨拶
「おはよう」「お疲れさま」といった基本的なやりとり。
- 第二段階:相互配慮
「顔色悪いけど大丈夫?」「その仕事、代わろうか?」いった、相手を気遣う一言。 - 第三段階:専門的連携
「〇〇さん(利用者)の様子はどう?」「さっきのケア、こうしてみない?」といった、ケアの質を高めるための対話。
この3段階の「声掛け」が日常的に飛び交う職場は、職員が「働きやすい」と感じる職場です。
また、先にみたアンケート結果で職員が重視する「休みの取りやすさや柔軟なシフト調整」も、こうした日々の関係性があってこそ可能になります。「お互いさま」という気持ちで支え合える文化が、何より重要になります。
そして、この文化を育む上で最も重要なのが、管理者やリーダーのあり方です。「話しかけにくい」という権威的な上下関係ではなく、「意見がいいやすい」フラットな関係性をリーダー自らが作る意識が不可欠です。
今、多くの事業所がICT化などによる業務効率化を進めています。それはもちろん重要ですが、テクノロジーは人間関係の問題を解決してはくれません。
もし、「人材が定着しない」と悩んでいるなら、まずは職員一人ひとりへの質の高い「声掛け」を、明日から意識して始めることなのかもしれません。
(注)
1) 介護労働安定センター(2025)『令和6年介護労働実態調査(事業所調査)』.
2) 介護労働安定センター(2025)『令和6年介護労働実態調査』(労働者調査).
この記事の執筆者
茨城キリスト教大学
経営学部准教授
菅野 雅子
茨城キリスト教大学経営学部准教授。博士(政策学)、MBA(経営管理修士)。人事労務系シンクタンク等を経て現職。公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査検討委員会」委員。
著書に『福祉サービスの組織と経営』(共著)中央法規出版(2021年)、『介護人材マネジメントの理論と実践』(単著)法政大学出版局(2020年)など。

