もっと考えよう超高齢社会
「地方の限界集落と都会の限界集落」~限界集落を生き抜くための人間力~
「地方」と「都会」の限界集落化。言葉は同じですが、その中身は大きく異なります。
一見すると同じ「高齢化社会」の問題に見えますが、実際にはその構造や起きている現象は大きく違っています。
地方の過疎化=限界集落化は非常に結びつきが深いように感じられます。一方、なかなか結びつかないのが、都会の人口増加が続く=都会の限界集落化です。
ここで、「地方の限界集落化」と「都会の限界集落化」でそれぞれどんな問題が起き、住んでいる方々に影響があるか、考えてみましょう。
地方の限界集落化と都会の限界集落化の比較
地方の限界集落は、人口そのものが減少することで地域が維持できなくなる「過疎」の問題です。一方、都会の限界集落は、人は住んでいるのに地域のつながりや支え合いが弱くなり、社会としての機能が低下していく「孤立」の問題です。
地方の限界集落で起きていること
地方の限界集落では、人口減少と高齢化によって地域を支えてきた仕組みが徐々に機能しなくなっています。
まず大きな変化として現れるのが、生活インフラの縮小です。人口が減ることで商店の閉鎖、バス路線の廃止、ガソリンスタンドや診療所の撤退などが起こり、生活の基盤が弱まっていきます。
地方では車が生活の必需品であるため、高齢者が免許を返納すると買い物や通院が難しくなり、日常生活に大きな支障が出る地域もあります。
また、若い世代の流出も深刻です。進学や就職で都市へ移動した若者が戻らず、子どもの数が減少することで小学校が閉校する地域も増えています。学校がなくなることは、地域が「次の世代を育てる機能」を失うことを意味し、地域の将来そのものを不安定にします。
人口減少は地域活動にも影響を与えます。草刈りや水路管理、神社の祭り、消防団など、これまで住民同士の協力で維持されてきた共同作業の担い手が減り、高齢者だけで支える状況も珍しくありません。その結果、行事の縮小や中止が続き、地域文化も失われつつあります。
さらに空き家の増加や耕作放棄地の拡大も問題となっています。
管理されない農地や果樹は野生動物を引き寄せ、人間の生活圏と野生動物の境界が曖昧になります。近年増えているクマやイノシシ、シカの出没も、こうした環境変化と関係があると指摘されています。
出典:JBpress「ますます凶暴化するクマ対策は待ったなし!人間が駆除、放置したシカを餌に“肉食化”するクマも出現」
(最終アクセス日:2026年3月23日)
また、人口が少ない地域では事故や体調の異変があっても発見が遅れることがあります。特に雪の多い地域では、雪下ろし事故や道路の封鎖などが命の危険につながる場合もあります。
こうした状況が進むと、班(町内会などの小さな単位)が成立しない、自治会が解散するなど、地域の仕組みそのものが維持できなくなります。最終的には住民が転出し、集落そのものが消滅するケースもあります。
地方の限界集落の本質は、地域を支える担い手がいなくなることです。人がいない、若者がいない、次の世代がいない――。その結果、生活インフラや地域活動だけでなく、介護サービスの維持も難しくなっていきます。
そのため近年では、地方に暮らす高齢の親を都市部に住む子ども世代の近くへ呼び寄せて介護する『呼び寄せ介護※』を検討する家庭も増えています。
※呼び寄せ介護とは?

離れて暮らしている高齢の親を、子どもが住んでいる地域へ呼び寄せて介護や見守りを行う方法のことです。多くの場合、地方で一人暮らしをしている親を、子どもが住む都市部へ引っ越してもらい、近くに住むことで通院や日常生活を支えやすくします。緊急時にすぐ駆けつけられる安心感がある一方で、親が住み慣れた地域や人間関係を離れることになるため、環境の変化によるストレスや孤立が課題になることもあります。
都会の限界集落化で起きていること
一方、都会の限界集落化は、地方とはまったく違う形で進みます。都会では人がいなくなるわけではなく、人口も多く、建物やインフラも残っています。駅もあり、スーパーもあり、病院もあるなど、一見すると生活環境は整っているように見えます。
しかし、その地域を支える人のつながりが弱くなることで、地域としての機能が徐々に低下していきます。都市型限界集落とは、人はいるのに地域が機能しなくなる現象です。
特に高度経済成長期に建設された団地やニュータウンでは、同じ世代の家族が一斉に入居しました。それから数十年が経ち、その世代が同時に高齢化したことで、地域の住民の多くが高齢者となっています。
子ども世代は進学や就職を機に別の地域で生活しているため、地域に戻らないケースが多く、高齢者だけが残る構造が生まれています。
その結果増えているのが、高齢者の単身世帯です。配偶者を亡くし、子どもは遠方に住んでいる。周囲には人が住んでいるのに、頼れる人や相談できる人がいないという状況が生まれます。都会では物理的な距離は近くても人間関係が薄く、心理的な距離が遠いため、孤立が起きやすいのです。
また、古い団地ではエレベーターがない建物も多く、階段の上り下りが高齢者にとって大きな負担になります。外出の機会が減ることで体力が低下し、人との交流も少なくなります。こうした環境の中で認知症やうつ状態が進んでも、周囲が気づかないことがあります。
その延長線上にある問題が、孤独死です。郵便物が溜まる、新聞が止まる、異臭で発見されるといった形で、ようやく異変が気づかれるケースもあります。近所付き合いが少ないため、日常の小さな変化に気づく人がいないのです。また、ゴミ屋敷といった問題も、トラブルが起きてから初めて発覚することが少なくありません。
限界集落の底力― 龍神伝説で町おこし、全国紙も注目 ―
地域を動かす人と人とのつながり
人口はおよそ300人。美しい自然に囲まれた静かな地域ですが、「お米コンテスト」で何度も金賞を受賞するほどおいしい米の産地です。しかし、その米作りを支えているのは、ほとんどが高齢者です。
若い世代は便利な市の中心部やとなりの松山市へ移り住み、地域には高齢者が多く残る典型的な限界集落となっていました。
そんな集落で、地域を動かす小さなきっかけが生まれます。
2023年の秋。神社の宮司たちは、翌年の辰年を迎えるにあたり、あるアイデアを思いつきました。
「しめ縄で龍を作って町おこしをしよう」
この地域には古くから「龍の雨乞い伝説」が伝わっています。その龍をモチーフに、全長12メートルの巨大なしめ縄龍を作る計画です。
材料は、稲刈りで出た藁。さらに、は野生のイノシシの牙、野生のシカの角が使われました。制作の拠点となったのは、小学校の体育館。周辺地域の人たちも集まり、藁をより合わせながら、少しずつ龍の姿を形にしていきます。
そして約3か月をかけて完成した『巨大なしめ縄龍』
神社へ奉納する「奉納祭」には多くの人が集まり、地元テレビ局や地方紙にも取り上げられました。※
そして数年後には、ついに全国紙にも紹介されるほどの『町おこし』となったのです。各地から「龍の聖地」と観光客にも知られてきました。
私も、「しめ縄龍づくり」に参加する機会がありました。そこで出会ったのは、米作りで鍛えられた元気な高齢者の方々でした。
「ここでは、80歳で一人前やけん。体が動くうちは現役や」そう言って笑いながら、朝から休まず作業を続けます。
また、地域の公民館では、毎週サロンが開かれていました。
高齢者の方々がお菓子などを持ち寄り、おしゃべりをしながらクリスマスリースを作っています。まるで自然に生まれたデイサービスのような交流の場でした。
「もう、みんな家族みたいなもんやからな」
「何かあったら『助けてくれ~ん?』言うたら、誰かが助けてくれる。この地域は小さいけど、助け合いで成り立っとるんよ」
そこには、限界集落ならではの強い助け合いの関係がありました。
私は以前この地を訪れた際、神社の宮司さんのお話で「限界集落」という言葉を初めて知りました。限界集落を考えるようになったのもその出来事がきっかけでした。
このような限界集落地域の介護について気になりました。実際に介護について尋ねてみると、作業をしていた方々は笑いながらこう答えました。
「介護?寝たきりになるまでは考えられんわ。まだわしら現役やから」「でも動けんようになったら、どうなるんかな?」
都会ではすでに介護を受けていてもおかしくない年齢の方々です。その楽観的な言葉に少し驚き、サロンのボランティアの方にも話を聞きました。
介護施設は松山市など都市部に多く、『呼び寄せ介護※』になる場合も増えているようです。
限界集落という言葉には、どこか衰退というイメージがあります。しかし、この集落で感じたのは、人がつながることで生まれる地域の力でした。
「しめ縄龍づくり」は、単なるイベントではありません。地域の人たちが集まり、笑い、助け合い、もう一度「地域の力」を確かめる時間だったように思います。人口300人の小さな集落でも、人のつながりがあれば地域は動き出す。人を助けるのは、やはり人なのだと感じました。
※ 参考資料:読売新聞
『12mのしめ縄龍を神社に奉納、過疎の集落が1年で最も盛り上がる…宮司「この地区でこんなに人が集まることはない」』
(最終アクセス日:2026年3月23日)
地方では人が少なくなることで地域が衰退しますが、都会では人がいても支え合いが弱いため、地域としての機能が崩れていきます。こうした形で、都会でも静かに「限界集落化」が進んでいると言われています。
地域を支えているのは建物や制度ではなく、人と人とのつながりだということでした。人口の多さでも、便利さでもなく、互いを気にかけ、助け合おうとする人の力。
それこそが、限界集落を生き抜くための「人間力」なのかもしれません。
この記事は介護福祉士に監修されています
介護福祉士
青木 いづみ
母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。

