もっと考えよう超高齢社会
限界集落地域のつなぎ役の背景~「老害」は人だけでない」~
限界集落化する地域で見えてきたこと
~「老害」は人だけではない~
高齢化が進み、「昭和」「平成」「令和」と時代が流れ、超限界集落化が進んだ地域では、「昔はよかったよ」という声が聞こえてきます。
高齢者同士の立ち話の中、「まだまだ若い世代」と呼ばれる私がよく聞くのは、
「昔はこうしたものよ。今の人は好きにやり方を変えて、やった気になっている。若い人は基本がなっていない」
「昔は人から習って、やり方を守ったものよ」
という言葉です。
「老害」という言葉は好きではありませんが、時代が変わればやり方も変わる――そう考える私は、間違っているのでしょうか。
文化の分野にも広がる変化
例えば、書道や絵画の分野をあげると、教える世代や材料を扱う世代が高齢化し、後継者も減っているため、これまでのやり方をそのまま続けることが難しくなっています。
さらに、デジタル化が進む中で、「古き」を現代の技術によって生かす新しい文化も生まれています。
こうした変化に対して、「今の人たちは基本がなっていない」という高齢者の言葉を耳にすることがあります。
しかし、高齢者の方々が、それを技術の発展として見ることができないのは、なぜなのでしょうか。長い年月の中で築かれてきたやり方が「当たり前」となり、それを変えることに戸惑いが生まれるのかもしれません。
これは、書道や絵画の分野だけではありません。地域の「組織」においても、同じことが起きています。
組織の在り方や役割についても、「昔はこうだった」「こうするのがここのやり方だった」という考えが長い月日を経ても残り、変わっていくことを良しとしない動きがあります。
若い世代の一人として、私はさまざまな場面でそれを見聞きするたびに、「このままでよいのだろうか」と心が揺らぎます。
そんな中、介護の相談をきっかけに、地域の「つなぎ役」の方からこんなお話をお伺いしました。
車いすを置けず、外出できなくなる?高齢者
80代のご夫妻は、坂道も多い団地にお住まいで、週に数回のゲートボールや散歩を楽しみながら暮らしていました。
その後、ご病気をされた奥様は、車いすの利用を余儀なくされ外に出る時には電動式の車いすが必須になりました。
電動式車いすでエレベーターに乗ることはできますが、玄関から室内に運び入れることができません。また、団地の通路に置くと通りをふさいでしまい、通行の妨げになってしまいます。
そこでご夫妻は、管理事務所に相談に行ったそうです。
その結果、「自分で使う車いすは、自分の家の中に置くように」と、昔から管理事務所にいた高齢の職員に言われました。
確かに自分のものは自分の家に保管するのは普通に考えれば当たり前のことです。しかし、大きな電動式車いすは、家の中に置くと生活に支障が出てしまいます。
エレベーターホールには置けそうな場所があり、そこに置けないかとご夫妻が相談しましたが、
「決まりですからね。子どもが小さい頃に遊んでいた自動車なども、これまでは家に持ち帰ることになっていました。」と、高齢の職員はこれまでのやり方を変えることには慎重な様子でした。
ただ、子どものおもちゃの車とは違い、大きさや重さもあり、高齢者が持ち運ぶのは簡単ではありません。
すると、若い世代の職員が、「1階エントランスの掲示板に『車いすを●階エレベーターホールに置きます』と掲示し、住民の皆さんに周知すればよいと思います。」と提案をしたのです。
すると高齢の職員は「今までそんな事例は管理組合でもなかった。理事会にかけても承認されるかわからない。」と言いました。
それに対して若い世代の職員は「この団地は高齢者の方が多いです。これから車いすを使わなくてはいけない方は増えていくのではないでしょうか?先々を見込んで、ひとつの事例として議案にできないでしょうか?」
「車いすでしか生活できなくなるなら、施設に入ることになるのかな…」と事務所の高齢の職員はつぶやくように言いました。
「住む人の状況が変われば、それに合わせて考えていくことも必要なのではないでしょうか。これから高齢化が進めば、同じような相談も増えてくるのではないかと思います。」
「わかった、理事長と管理センターに相談するか」
その後、管理組合の理事会においていくつかの条件付きで電動車いすを共有部分に置くことが承認されました。「決まった大きさの設置場所を限定」し、「その場所に限り可能とする。」また、「使用しなくなった時は即時設置場所を撤去する。」理事会での決定を共有部分であるエントランスに掲示し住民の方に周知いただき、無事「電動車いす」の置き場が決まりました。
今回のやり取りのように、「決まりだから」「昔から家に持ち帰るのが当たり前だから」といった考え方が続くと、状況が変わっても仕組みが見直されにくくなることがあります。
それは誰か一人の問題というより、長い間続いてきたやり方がそのまま残ってしまう「組織の構造」の問題なのかもしれません。
こうした状態が続くと、変わりゆくその場所で暮らす人たちの生活に、少しずつ不便さや暮らしにくさが生まれてしまうこともあります。
さらに、同級生で、違う地域の自治会役員を引き受けている「まだまだ若い世代」の友人から同窓会でこんな話を聞きました。
引き受けたのはよいが、抜けられぬ、辞められぬ若手役員の悩み
その地域の町内会では、役員の多くが70〜80代で、若い世代でも60代。友人と同じ世代の人は、ほとんどいないそうです。
町内会の役員の仕事は、まず町内会の行事の日程を確認することから始まります。
「好きでやっている訳ではないんだよ。やる人は本当にいない。バトンを渡す相手がいないんだ」と、面倒見がよく真面目で、頼まれたことは断れない友人はこぼしていました。
友人は私と同じ責任世代で、会社員として働いています。時には出張もあり、会議で帰りが遅くなることもあるそうです。
かつてテレビでも紹介されていた商店街もほとんどが代替わりしました。金物屋はホームセンターに客足を取られ、牛乳屋も配達の需要が減って閉店したそうです。友人の話をするときも、以前のように『牛乳屋の〇〇くん』と呼ぶことはなくなっているそうです。
その町内会でもいろいろと問題はあるようです。
ある日、急な会議で町内会の役員会に出席できなかったときのことです。
「こっちが先に約束したんだろう。どっちが大事なんだ!」と大声で言われ、辞めたくなったといいます。
町内会の役員会が先に決まっていたのは確かだ。
でも急な会社の会議は外せない。会社は有給休暇を取って町内会のボランティア。どっちを優先したらいいのだろう・・・
仕事のあと、役員会に駆け付けたり、高齢者ばかりだからと雑用に駆り出される時もある。ご近所づきあいは大事だし、住んでいる町を活性化したい気持ちもある。
他にも、休み返上でボランティアで様々なイベントに参加している。
辞めたいけれど引き受け手がなく、新しい若手が見つかっても、高齢の役員が病気で辞める…その繰り返しで、結局続けるしかない。
また、パソコンを取り入れて効率化してはどうか、順番制にしてはどうかと提案しても、「一年くらいで何が分かる」と却下されるそうです。
定年も近づき、「会社を定年しても、町内会ではまだ現役か…」と、友人は肩を落としていました。
ところが、友人は、長い間、高齢者の多い町内会の役員を引き受けているうちに、いつしか「これが当たり前」「そういうやり方だから」と言うのが口癖になっていることに気付き、「これって、会社でやったら『老害』って思われるよね…」と。
そうして、また別の悩みも増えていったそうです。
地域組織における「老害構造」とは何か
ここでいう「老害」とは年齢の問題ではありません。
長年の慣習や人間関係、役職の固定化によって、変化しにくくなった組織の状態を指します。町内会・自治会などは本来、地域を守る大切な仕組みです。
しかし、人口減少や共働きの増加、超高齢化など社会が変わる中で、仕組みが変わらないと機能しなくなります。
① 役職固定構造(ポストが動かない)
◆よくある状況

- 「あの人しかできない」と役職者が固定
- 若い世代に役割が回らない
◆起こること
- 若手が育たない
- 新しい意見が出ても却下される
▶︎世代の循環が止まる。
② 慣習絶対主義構造(➡前例が最優先)
◆よくある言葉

- 「昔からこうしている」
- 「変える必要はない」
- 「今まで問題なかった」
◆起こること

- デジタル化が進まない
- 負担の大きい行事が見直されない
▶︎伝統が手段ではなく“目的”になってしまう。
③ 同質性構造(顔なじみ中心)
◆状況
- 古くからの住民が中心
- 若い世代や新住民が入りにくい
◆起こること

- 孤立している世帯が見えにくい
- 若い世代の家庭や単身者がつながれない
▶︎なかなか新しい人が入りにくい
◆その結果

- 同じ顔触れでやり方も固定
- 若い世代が意見言えば受け入れられにくい
- さらに参加者が減る
▶︎悪循環が起き、結局固定化が続く
老害構造の本質は「悪意」ではありません。その背景には、地域を守りたいという責任感があります。仕組みが時代に合わなくなると、結果的に世代交代できず、地域力が低下してしまいます。
組織が循環するには、「守ること」と「変えること」のバランスを取ることが大切です。
親が長年暮らしてきた地域は、思い出の場所であると同時に、これからの暮らしを支える大切な基盤です。家の中が整っているだけでは安心は続きません。
防災や見守りを担う町内会・自治会などの組織がきちんと機能しているか?そして介護サービスや介護施設と無理なくつながれる地域かどうか?を確認するのも、家族の役割です。
親が住み続けられる地域だからこそ、家族として少し気を配る。
地域と介護は切り離して考えずに、親世代だけでなく、私たち自身にとっても、静かな備えになるのではないでしょうか。
この記事は介護福祉士に監修されています
介護福祉士
青木 いづみ
母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。

