もっと考えよう超高齢社会
「ご存じですか?都会の限界集落化①」~長く住んでいるから安心ですか?~
日本は、世界NO1の長寿国であり、また超高齢社会が進む国です。
都会にも広がる「限界集落化」という現実
その中でも「地方の過疎化」はかなり前から問題視されてきました。そして過疎化した地域の高齢化も深刻です。
現在、その地域(集落)に65歳以上の高齢者率が50%を超える地域を「限界集落」と呼びます。
日本では、2024年4月時点で、3万1,515集落が限界集落となっています※。
限界集落は、地方だけではありません。大都市のなかでもこの「限界集落」の状態の地域も増えています。高度経済成長期以降にできた「団地」「ニュータウン」などの多くは建物自体も40年から50年と老朽化するだけでなく、住む人達の高齢化が進み、「都会の限界集落化」が増えています。
こうした状況が生まれる背景には、ある共通した流れがあります。
所有者本人はその建物に残り、子どもたちは自分たちの生活の場として別の場所を選ぶ。自由意志がある限り、これは避けて通れない現実です。一見当たり前のようですが、住み慣れた家に住んでいる人たちも、家を出た家族も、意外に気が付かないことが、「都会での限界集落化」という概念です。
先に挙げた高度経済成長期に建てられた団地などは、ほぼ同じ時期に建てられ、入居も同時期に始まりました。当時「ニュータウン」などと名のついた団地は、ショッピングセンターや病院、学校なども、その街の中で完結できる利便性がありました。
※出典:国土交通省・総務省「過疎地域等における集落の状況に関する現況把握調査」(令和7年8月公表、2024年4月1日時点データ)
https://news.jp/i/1326485431826842177 (アクセス日:2026年3月4日)
住み慣れた街で進む静かな変化
家族からするとこのような心理が働きます。
「住み慣れているし、顔見知りの人が多いから安心」この考えはまだ若い時の安心感です。
住み始めたときは「子どもも一緒に大きくなっていくから、友達が多くていいよね」「子どもの同級生つながりで家族ぐるみの付き合いが出来て心強い」そう思っていた時代があったことでしょう。
そして地域活動を通して互いが助け合ってきたこともあったでしょう。
しかし、現在は、築40~50年の団地は老朽化とともに、住んでいる人も高齢化しています。
そして、近隣にあったお店も経営者が高齢化し、相次いで閉店してしまう、病院も医者が高齢者となり引継ぎが出来なかったり、大規模な病院も小児科や産婦人科がなくなるなど、変化をしています。
このような変化に、住んでいる高齢者になったご本人、または離れて暮らすご家族はどのように感じているでしょうか?
都会の限界集落化・具体的に何が起きている?
都会でも、次のような変化が重なっています。都会の限界集落化をまとめてみます。
① 高齢者の集中(団地・住宅街)
- 昭和〜平成初期に入居した人が一斉に高齢化
- 子ども世代は独立・転出
- 空き部屋・空き家が増える
👉 全体的に高齢者が増え、空き家になっていく。

② 近所づきあいの消失
- 隣に誰が住んでいるか分からない
- 自治会・町内会が人材不足で機能しづらい
👉 人は住んでいても「人間関係」ができない。
③ 生活インフラの撤退
- 商店街が消える
- バス路線・金融機関が縮小
- 病院・診療所が遠くなる
👉 都市なのに「買い物難民」「通院難民」が増えている。
④ 支える側がいない
- 介護・医療・見守りを担う人材不足
- 働き手は都心へ、または都市外へ
👉 「頼れる人がいない街」になる

実録ー都会の限界集落化の中に住んでいる私
~自分も年を取るが、町も年を取る~
私が住んでいる団地は、高齢者が多い地域です。「都会の限界集落化」に近い地域です。
近くの別の団地はエレベーターがない為、上層階である4階、5階は住んでいる気配を感じません。
昔、よく遊びに行ったショッピングセンターも今はお店がなくなり、学校も統合され、地域包括センターや高齢者の方のデイサービスになっています。
また、商店街がなくなったあとに、コンビニが出来るなど、人々の生活の変化が時代を物語って見えます。
3つの小学校がひとつに統合され、クラスも2クラスしかありません。中学校も統合され、部活動もあまり行われていません。
国自体が少子化する中で、特に子供の姿を見ない町です。また、住んでいるはずの住民の方の姿もあまり見かけなくなりました。
以前は犬の散歩などでよく住民の方とすれ違ったものですが、1年、2年前よりも住民の方を見かけることが少なくなりました。
私が住んでいる棟は、少し小高い丘の上にあります。丘といってもなだらかな坂で、息が上がるほどではありませんが、人の行き来は次第に見られなくなってきました。
しかしある日、なぜ住民の姿を見かけなくなったのかが分かりました。以前、よく犬の散歩をされていた高齢の方とお会いしたのです。
昼間に犬の散歩をされている方は比較的高齢の方が多かったのですが、その方々は、坂道が登れなくなり、現在は平らな道を迂回して散歩をしていると話していました。
また中には、介護が必要になり、デイサービスに通ったり、施設に入居するようになった方が増えたと聞きました。
街が過疎化している
この地域では私も若い世代に分類されるようですが、70歳までは、まだまだ仕事を持っている人が多く、町内会や自治会の高齢化が進み、組織を担うなり手がいない状態です。
そのため、後期高齢者世代が組織を動かさざるを得ない状態だと聞いています。また、高齢の住民の方からは、生活の中で困ったことについて、民生委員や管理事務所に相談が寄せられています。
その相談を受ける側も高齢者であることが多く、年々、相談内容は多様化しています。日常生活の困りごとから、介護、独居高齢者の問題まで、幅広い内容が増えてきているようです。
誰が助けて!誰が助けてくれるの?の現実
現在は、高齢者の方でもパソコンやスマホを持っています。
私もよくやってしまいますが、「とりあえず、登録しないと」と電話帳に登録をしたときに同じ苗字の方が並ぶことってありますよね。
このことで、混乱を起こしてしまった高齢者の方のエピソードを紹介しましょう。
私の住んでいた団地の上の階のTさんは、70代後半のご夫妻でした。ご主人がお元気な時は、さほど気にならなかった初老のご夫妻でした。
ご主人がご病気で他界された後、Tさんは一人暮らしになりました。周りに住んでいた方も徐々に知り合いがいなくなり、気軽に頼れるのは、我が家だけでした。ご主人がなくなって数か月はいつも通りにすごされて、お友達とのお出かけを楽しみにされたり、地域のボランティアをされていました。
それから半年ほどたったころのことです。朝7時くらいだったでしょうか。私が仕事に行く支度をしていたとき、玄関のインターフォンが連打され、思わず驚きました。
上の階のTさんでした。スマホを手にし「あのこれ繋がらないのよ、電話番号押してもかからないの」と私にスマホを見せるのです。
この辺りは高層の団地が密集し、携帯電話の電波が非常に悪い場合があるため、「ここは電波が悪いので、そのせいじゃないですか?」と伝えると「えっ、これ買ったばっかりだし、家の電話はつかえるのよ」と言うのです。
「家の電話は電話線で繋がっているので、このスマホとは電波は全く違うので、電波がよい外とかでしたら、つながるのではないですか?」と忙しいながらも説明すると、「え、電波が届かないって、壊れているんでしょ?あなたの電話見せてよ」と言うのです。
仕方なく私が自分のスマホを見せると「あら、あなたのは(電波が)3本じゃない、やっぱり壊れているのよ、私の電話」と言い、そのままドアを閉めて、帰られました。
夜の8時にまた玄関のインターフォンの連打です。上のTさんでした。「ねえ、あなた何の電話よ?何言っているか訳が分からないんだけど」と通話中のまま玄関に立っていました。「これ見て、あなたに電話しているの」とスマホを私に見せました。
しかしあて先は私の苗字と同じでしたが、電話番号は全く違うのです。おそらく苗字をみて私に電話をするつもりがほかの方の方にかけてしまい、意思疎通が出来なかったのでしょう。
説明しても理解してもらえないので、私は自分のスマホを見せ、私に掛かってきていないことを説明しました。
すると、
「あなたに電話したのよ、ほら〇〇って名前出ているじゃない」しかし、相手にかけているのは市外局番があったので、私が教えたスマホの番号ではないのです。
「私、携帯電話の番号しか教えていませんが、今おかけになっていたのは携帯番号の番号ではありません。おかけ間違えではないですか?」と伝えると、電話帳を広げました。
「あら、同じ苗字の3人もいる・・・」と顔を赤くしていました。「今日は遅いし電話にした方がいいと思って、電話したのよ、結局、携帯電話会社にも、管理事務所でも、電波が悪い場所のため繋がらないと言われたの。」と話し、そのまま帰ろうとされました。
そこで私は、「インターホンを押すのならば来ていただいてもいいですよ、ご近所ですので」と笑って伝えました。
周りに知っている人がいなくなってしまったTさんは、それから数年間、転居するまで、我が家のインターホンを押す頻度が増えていったのです。
~長く住んでいるから、安心とは限らない~
「住み慣れた家だから安心」
「顔見知りが多いから大丈夫」
それは、
『人も街も若かった頃』の安心感です。人は年を取ります。そして、街もまた、同じように年を取ります。にもかかわらず、街の仕組みだけが、若い頃のまま止まっている。
問題なのは、高齢者が多いことではありません。
その結果起きているのが、都会の中の限界集落化です。
「きっと誰かがやってくれる」
その『誰か』が尽きたとき、住んでいる人はどうなっていくでしょうか?今、あなたの住んでいる街は、どうでしょうか。
ご両親は、安心して暮らせているでしょうか。これからもその暮らしを続けていけそうでしょうか。帰省される際に、今一度、確かめてみるのもよいかもしれません。
この記事は介護福祉士に監修されています
介護福祉士
青木 いづみ
母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。

