9/21は世界アルツハイマーデー
認知症にはこう見えている~認知症は不思議な旅のはじまり
認知症はひとりひとり、症状の現れ方が違います。
傾向は似ていても現われ方は、その方の脳の構造や状態、既往歴、生活歴、環境により異なります。そして、まだ完治する治療法がないという病気であり、「次はどうなるのだろう?」と認知症介護をしている周囲の方も、ご本人も不安が尽きないことでしょう。
介護を行う側は、情報源は増えましたが、実際には「認知症」を体験できないため、認知症の方の行動や言動に戸惑うことも多いと思います。
今回は、「認知症の方が見えている世界」をご紹介してみます。
実録・私の認知症介護~今日の私は誰?
前回にも書かせていただきましたが、私は母の認知症介護で認知症が進行した際に私(娘)の顔がわからず「あんた、誰?」と時々言われた経験があります。はじめのうちは面会の際「私は、誰だ?」と母に聞くと私の名前を答えました。そのうちに「私は、誰だ?」に対して答えがなく、母は笑ってごまかしました。その後は「あんた、誰?」に変化していったのです。「家族の顔すらわすれるなんて…」と淋しい気持ちになりました。
段々と慣れて来た頃には、また違う母の変化に気づいたのです。
それは私に「あんた、誰?」と言わずに「おかあちゃん」と母が私を呼ぶようになったのでした。
実際、母にどう見えていたのかはわかりませんが、母は私を「おかあちゃん」と呼んでいた時期があったのです。
でもなぜ自分の産んだ娘が「おかあちゃん」なのか?「お母さんはわかるのに、自分の年がわからないってこと?」いや「私は、おばあちゃんに似ているのかな?だからおかあちゃんなのかな?」などと考えました。関係性は母と娘のようで、私が母の面会から帰ろうとすると「おかあちゃん、帰らんといて!!」と泣きながら私にしがみつくのです。
母は完璧に私の娘と化している…。ただ、不思議だったのが私には「おかあちゃん」と呼ぶけれど、姉は呼ばれたことがないというのです。姉と私の違いはわかっているのに、なぜ、私は「おかあちゃん」なんだろう?と思いました。
なぜ、家族でも顔がわからなくなるのか?
実は人の顔を認識することは非常に認知機能を使うことなのです。現代社会でも、スマートフォンやマイナンバーカードでおなじみの「顔認識」はマスクをするだけでも顔認証が出来なくなります。人間の認識力はさらに単純なため認知症でない方も、もともと人の顔を覚えるのが苦手な方がいるのもそのせいです。顔を見て正しく人を認識することは。とても高度な認知能力です。
人間の顔は大まかにみて、「目・鼻・口」があります。同じ「目・鼻・口」もそれぞれ大きさや特徴が違う上、間隔も位置も違います。人の顔の認証はその間隔や位置、大きさなどのバランスを認知能力で判断しています。
認知機能が低下した認知症の方が顔の認識が出来なくなるのは「目・鼻・口」の個々のパーツは認識できても、そのパーツが顔という一つのものに統合することで認識することが出来なくなるためと考えられます。
では、顔がわからなくても、話していくうちにその人と、自分の関係がわかるようになるのは、なぜでしょうか?
人は顔や姿・形の記憶だけはなく、さまざまな情報を引き出し、照合することで目の前の人が誰かを判断しています。特に実際に会った事がある人や時間を共に過ごしたことがある人に関しては、脳内のさまざまな記憶が思い起こされ、知っている人・同一人物等と判断できるのです。認知症の中ではこのような記憶のことをエピソード記憶といいます。
あとでわかった、母が私を「おかあちゃん」と呼んだワケ
母が私を「おかあちゃん」と呼んだ理由ものもこの内容に照らし合わせると納得がいきます。私は母に「あんた、誰?」と呼ばれてから、母が私を身内とわかってもらうため、母を「みっちゃん」と呼んでいたのです。
「みっちゃん」は母の子供の頃のあだ名です。また、母は関西で育ったため「みっちゃん」を関西弁のイントネーションで呼んでいたのです。子供の頃に呼ばれていた「みっちゃん」から母は私を近しい存在であると認識し、「おかあちゃん」と呼んでいたのです。
「みっちゃん」とは呼ばない姉を「おかあちゃん」と呼ばなかったのはこの現象だったのかもしれません。
実録・私の認知症介護~私の周りは怖いものがいっぱい!
私の母が認知症になり数年は在宅で介護を行っていましたが、母は外に出かけ帰れなくなることがあり警察からの連絡も来るようになりました。また、真夏にクーラーのない部屋にいるなど、徐々に増えて来る不安要因と母の安全を考えて認知症グループホームに入居をさせました。入居生活に慣れてきたころでした。
母の携帯電話から着信がありました。しかし電話の向こうの母は、あーというだけで言葉が出ない状態です。その状態に異変を感じ、すぐに施設連絡。そのまま救急搬送となりました。思いのほか病状の進行が早く、一足先に病院で待っていた私は、すでに顔や体に麻痺を起こしている母を迎えたのでした。
幸いにも施設で発症をしたこと、すぐに救急搬送に至ったことで治療が早期に始められたため、一命をとりとめました。しかし治療を始めた数日は、左半身がほとんど動きませんでした。このまま母は体まで不自由になってしまうのかと思うと「施設に入れて、環境を変えてしまった私のせいなのか?」と自分を責めました。
しかし、私はその後悔を覆すある出来事を目にしたのです。
食事が母の目の前に並びご飯のにおいをかいだ瞬間、スプーンを持ちご飯を食べ始めた母。しかし左手は麻痺があります。
不憫だなと思った瞬間、母は器をおさえる手がないと食べづらいと感じたのでしょう、動かないはずの左手が器をおさえていたのです。この時「食べることは生きること」だと、母を見て感じました。
施設でしっかり食事をしていたからこそ、食べる習慣がすぐに戻り、命を繋げられたのだとも思いました。その後体力も回復し、リハビリでも多少麻痺はあるもののひとりで歩けるようになりました。
しかし退院の日に、母はあるものを見るのです。
病院内の廊下は杖がなくても歩けるようになったから、少しの距離なら大丈夫とタクシー乗り場まで母と歩いていた時の事です。
病院を出て母が、アスファルトの上に踏み出した瞬間、次の一歩が出なくなり「こわい、歩けない」というのです。
「さっきまで普通に歩けていたのに何が怖いの?」と聞くと「ここ針みたいに、足に刺さるのよ」というのです。これは俗にいう「幻覚?」と心配になりました。そしてその時私は「母は脳梗塞で認知症が進んでしまった」だけだと思っていました。
母の目には、アスファルトが針山に見えたワケ
まず考えられることは目の錯覚です。認知症がない方でも街中に敷き詰められたタイルが幾何学模様に見えたり、地面の模様が動いて見えたりすることもあります。
山道のカーブなどでは、目の錯覚で片側が広く見え、反対側は余裕があるにもかかわらず、思わず危ない!と思うこともあります。これらは、正常な視力であっても錯覚として見える現象でもあるのです。
またもう一点としては、認知症の方は自分に見覚えがないあいまいな情報(得体の知れないもの)に対しては不安や恐怖を感じます。そして、その恐怖と不安から目の前の得体のしれないものに見える何かと恐ろしいと思うものと結びつけてしまう傾向があるのです。
私たちも揺れた柳が幽霊に見えるというものが近い感覚です。
しかし認知症の方の脳の中には実際に恐怖や不安を感じた記憶であるのです。そのため、脳の中では実際に怖いものを見た記憶と、痛いなどの記憶と結びついてしまうとそれを回避する行動を起こしてしまうのです。
母の場合、認知症の方が感じる感覚の不安と恐怖のメカニズムが影響している可能性があったのかもしれません。
・アスファルトの凸凹が、きらきらして尖った物に見えた
・足の裏に尖ったものが触れただけ→尖ったものが刺さると脳が認識する
・ここ歩いたら怪我をする→ここでは歩けない
施設長時代にあった利用者様の不思議な現象~夜だけならないセンサーマット
ある利用者様は転倒予防のためにベッドの横にセンサーマットを設置していました。ある時期から昼は鳴るのに、夜は鳴らないという不思議な現象が起き始めたのです。
初めは誤作動かと思い、職員数名とセンサーマットに不具合がないか確認をしました。
しかし正常に動作しています、おかしいのはなぜ「夜だけセンサーマットが鳴らないのか」です。私は夜間帯職員と一緒に、その原因の究明をしようと思いました。
日常生活動作(ADL)はすべて自立した方でした夜間帯のトイレもご自分ですべてできる方です。すでに就寝介助の時間にセンサーマットが正常なことは確認済みです。
数時間するとセンサーは鳴らずに、利用者様が居室から出てきました。
そしてトイレを済ませ、居室に入り、その後様子を確認すると靴がセンサーマットの上ではなく、センサーマットから外れた場所に脱いでいました。まるでマットをよけるようにです。
これは故意的にマットの上に乗っていないのだと思い、次のトイレの時には居室に戻られる時に一緒に入り私がマットの上に乗ると、センサーの音と共に利用者様の「危ない!落ちる」という声が聞こえました。
「そこ、穴よ、夜になると穴が開くの」と利用者様が言いました。
昼は、明るく、センサーマットとわかるものが、夜部屋は薄暗く、マットが四角い穴に見えたようです。電気をつけてマットとわかると、不思議そうな顔をしていました。
これも「認知症の方の見える世界」なのです。認知症の方の感覚のメカニズムで分析してみましょう。
・目で見た情報を「知覚」によって脳が情報を得る→黒い四角い物がある。
・「これは穴に違いない」と「判断」する→穴に落ちたら怖い。
・穴に落ちないような「行動」をとる→黒い四角い場所を避ける。
このほか、電車とホームの間の隙間が深い谷に見え、急に電車に乗るのが怖くなったという認知症の方もおられます。
認知症ではない私たちでも理解できない行動も、認知症の方にとっては、しっかりと「恐怖」や「不安」の根拠があるのです。
簡単に言うと、「トリックアートの世界に飛び込んだ日常」という感覚だと言います。
急に変なことを言い始めたと思わず、なぜ怖いのかなどを確かめてみると、認知症の方の恐怖や不安の理由がわかるかもしれません。
<参考文献>
筧裕介[2021年]『認知症世界の歩き方~認知症のある人の頭の中をのぞいてみたら?』
・株式会社ライツ社
この記事は介護福祉士に監修されています
介護福祉士
青木 いづみ
母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。

