【認知症の世界にようこそ】「認知症とともに穏やかに生きる」~家族と医師のまなざし

9/21は世界アルツハイマーデー

認知症とともに穏やかに生きる~家族と医師のまなざし

「認知症」というキーワードを聞いて、皆さんはどんな印象を持たれるでしょうか?

1972年に認知症(当時は痴呆)が題材とされ、社会に反響を与えた「恍惚の人」(有吉佐和子著)がきっかけとなり、認知症とは「何も分からなくなった人」「ボケたらおしまい」などという印象を持つ方が当時は多かったようです。
現在、増加傾向の認知症について、皆さんはどのような印象を持たれているでしょうか?

実録・私の認知症介護からの目線~今を生きる、それが認知症

実録 私の認知症介護からの目線
~ 今を生きる、それが認知症

 私の母は認知症でした。約15年前まだ認知症の進行止め薬(薬品名・アリセプト®)がまだ新薬だった頃に母は認知症の診断を受けました。
現在ほど情報源がない中で、私は手探りで認知症の母を介護することになりました。

母は何十年も家計簿を毎日つけていたしっかり者でした。細かなことを続けていたので、はじめは「なぜ、母が認知症に?」と信じられませんでした。

認知症は物忘れをする病気くらいの認識だった私は、物忘れだけではない、認知症になった母の行動や言動に戸惑いました。
どう向き合えばよいかわからず、私は認知症の世界に飛び込むように認知症グループホームで働き、認知症の方々とのかかわり方を学び、現在に至っています。
認知症の方に触れていく中で私が感じ始めたことは「認知症は悪い病気なの?」という疑問でした。

私は「母は認知症です」と周りの方に伝えていました。すると「大変ね」「あら、かわいそう」「私は絶対認知症にはなりたくないわ」とマイナスな答えが返ってくることがほとんどだったのです。私は母が認知症という事実より「かわいそうね」と言われたことに辛さを感じました。

私の経験ではありますが、認知症を発症して、進行し始めると行動や言動の変化があり、坂道を登り始めるように感じる時期があります。その時期はいろんな心配事が増えたり、介護する側も介護される側も辛さやもどかしさを感じたりします。
ただ、その坂道を登り切って、下りに差し掛かると認知症も進行した段階になり、わからなくなることも出来なくなることも増えますが、認知症初期に比べて穏やかになっていく感じがしました。

その頃の母は、短時間しか記憶は持ちません。
楽しい時は笑って、忘れて、嫌なことがあってもすぐ忘れてしまいます。時々、私の顔を忘れ「あんた、誰?」という日もありました。

淋しさも感じましたが、そんな母を見て私は、嫌なことを忘れてしまうということは、本人にとっては悪いことではなくむしろ穏やかで幸せな状態なのかもしれないと感じました。
私が10年以上、山あり、谷ありの母の認知症介護を乗り越えて感じたことは「周りが思うほど、認知症はかわいそうではないし、悪い病気ではない」ということです。そして「今を生きている、それが認知症」という思いでした。その思いこそ私が認知症を見る目線です。
この目線は、認知症介護を身近に見た家族の目線です。では医療の観点から、認知症医療に携わってきた医師はどのように認知症に対しての思いを持ち、どのような目線を持って医療と向き合っているのでしょうか?

在宅医療の第一人者・長尾和宏医師~在宅医療から見た認知症への目線

 映画『痛くない死に方』の原作者であり長年、がん患者などの終末医療・在宅医療に取り組んできた長尾和宏先生がとある講演会で、傍聴されている参加者に質問をしました。

「参加者の皆さんは「がん」と「認知症」どちらで人生の最期を迎えたいですか?」その答えは圧倒的に「がん」に挙手される方が多かったのです。

長尾先生はもともと、がん治療の研究をされていた方です。長尾先生がその挙手の結果を見て、
「皆さん、がんは苦しいですよ。それでもがんで亡くなりたいですか?迫りくる死の恐怖とも戦わなければいけません。私はがん末期の方の苦しみを見てきました。ですから私自身、『できる限りがんでは死にたくない。』私だったら最期を迎える時は『認知症がいい』と思っています。」
「私は、がんで亡くなるのが嫌だから『認知症がいい』と言っているわけではありません。私は認知症という病気は決して『不幸な病気ではない』と思っているからです。」

確かに周囲の方は大変な時期があるかもしれないし、認知症になったご本人も困惑することもあるかもしれません。
しかし「認知症」との付き合い方がわかれば、反対に健康で穏やかに過ごせるのです。世の中でまだ治療法が確立していない「認知症」だからこそ、皆さんは「認知症になったら何もできなくなる」「認知症はこわい」「認知症になったらもうおしまい」このような不安の色眼鏡を掛けてしまうのではないでしょうか?
がんにかかるのも、認知症になるのも、どんな病気も誰にでもかかる可能性があるのです。まだまだ知られていないからこそ、「困りもの」と思われてしまう。
ではここで認知症の良い面を考えてみましょう。

認知症の主な症状は物忘れをするということです。
そして細かいことを気にしない傾向になり、その為、痛みや苦しさを感じても忘れてしまい、結果、苦痛を感じる時間が少なくなります。

そして、何より最期を迎える恐怖を感じにくくなるのです。
在宅医療の中でも認知症の方の最期を見てきましたが、どんな病気よりも穏やかな最期なのです。ですから、私は認知症が必ずしも悪い病気とは思わないのです。」と語られています。

認知症研究の第一人者・長谷川和夫医師~認知症になった後の目線

長谷川和夫医師(1929年~2021年)は、2004年に「痴呆」という表現が侮蔑的であるとの見解を示し、その結果、厚生労働省は名称を「認知症」へと変更しました。この「認知症」という病名を提案したのが長谷川医師です。

また、現在でも認知症診断に用いられている、「長谷川式認知症スケール」(HDS―R)を作った認知症医療の第一人者の精神科医師です。
長谷川和夫医師は1960年代から認知症(当時は痴呆)の研究をはじめ、1972年「恍惚の人」(有吉佐和子著)が社会で大きな反響を受けたその2年後に認知症(痴呆)の診断スケールのひとつである「長谷川式認知症スケール」(HDS―R)を開発し、認知症診断の基礎を作り老人精神医療や認知症医療に貢献しました。

また、晩年実際に医師の立場でありながら※嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症の診断を受け、認知症を自ら公表し、認知症の実体験を記した「ボクはやっと認知症のことがわかった」という本を著書として残されました。その中で長谷川先生はこう語ります。

「世界一の長寿国である日本人は、長生き故、認知症は今や誰でもかかる可能性のある病気であります。
認知症の原因はまだすべてが解明されていません、しかし私の長年研究を重ねてきた一番の原因と考えられることは「加齢です。」年を取れば、体のどこかに支障がでて病気になります。
長い間使っているのだから支障が出るのは仕方がなく、その治療のほとんどが対処療法と経過観察です。

脳も心臓と同じように生まれてからずっと止まることがなく動いています。水道管なども長く使えばさびてしまうのと同じように、人間の血管も不純物がたまれば血管障害などを起こす。脳の中も同じよう不純物(タンパク質など)がたまると、認知症が発生するメカニズムです。」
認知症を発症しても、認知症を知られたくない方が多い中で、なぜ長谷川先生は認知症を公表したのでしょうか?その問いに対して長谷川先生はこう答えられます。

「認知症について正確な知識を皆さんに持っていただきたいからです。そして、認知症の人への接し方を皆さんに知ってほしかったのです。」また、「ボクが認知症だと公表した理由をさらに突き詰めれば『自分自身がよりよく生きていくため』といってよい。自分が生きている間に少しでも役に立つことがしたい、役に立てるかわからないけれど、『認知症のありのままを伝えたい』と思ったからです。」

実際に長谷川先生はご自身の身において体験した認知症からわかったこととして著書の中に書かれています。ここで、認知症の立場から考える「認知症の方に対しての接し方」について紹介します。

認知症研究の第一人者・長谷川和夫医師~認知症の方に対しての接し方

◆認知症は固定なものではないと知ってほしい。

認知症になったら「もう認知症になったらおしまい」「何もわからなくなってしまった人間」と決めつけないでほしい。認知症は固定的なものではないので、一人ひとり育った環境も違えば、考え方も違う。だから認知症の症状はみんな違い、行動もできることも違うのです。「みんな違って、みんな尊い」のです。

◆認知症になっても人間です。尊厳を持って接してほしいです。

認知症でも耳も聞こえるし、悪口などは理解できています。辛い思いは誰もが嫌なことです。「認知症だからわからないから」と決めつけないで、同じ人間として扱ってほしい。

昔、私が認知症の実態調査を行ったとき、認知症(痴呆)は「家の恥」「役立たず」と言っていた家族を見かけました。でも違います、恥でも役立たずではない「尊厳のある人間」です。できることを見つけて役割を与えてください

◆認知症の人には「待つ」ということを大事にしてほしい。

「やさしくおだやかに 待ってそして聴くこと その人らしさを大切に」と思います。たとえ一つのことに時間がかかっても急かせないで「待つ」ことを忘れないでほしいです。

◆認知症は最後のプレゼントかもしれません。

認知症が進行していけば、記憶力も低下し薄れていく、若いころから医師でありながら「死」が怖かった。感情がだんだん薄れていくことで、「死」への恐怖が和らいでいる気がします。認知症は死への恐怖を和らげるために神様がボクに用意してくれたのかもしれないと思うのです。認知症はひとりひとり症状が異なりますが、目線を変えてみると決して「困った」だけではない病気です。

理解を深めることで介護する側も介護する側も安心した生活が送れる考え方の転換が今後増えていくと考えられる認知症へのよりよい接し方へつながるヒントなのかもしれません。

※嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症

高齢発症で緩徐に進行する認知症の一種です。主な特徴は、記憶障害に加えて、頑固易怒性の心理症状(BPSD)が現れることです。また、脳の画像検査では、側頭葉内側面前方の萎縮が左右差を伴って見られることがあります。

<参考文献>
長谷川和夫[2019] 『「ボクはやっと認知症のことがわかった」~自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言~』・株式会社KADOKAWA 

この記事は介護福祉士に監修されています

介護福祉士
青木 いづみ

母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。