日本の福祉史を考える
古代から中世にかけての福祉活動は、主に宗教的な慈善活動や共同体による相互扶助が中心で、国家が主導する形で福祉制度が発達するのは近代以降ですが、それ以前も貧困者や病人、障がい者などを支援する仕組みがありました。
1. 奈良時代(8世紀)
奈良時代には仏教が国家の保護を受けたことで、仏教的な慈善活動が広まりました。特に聖武天皇(在位:724年 – 749年)の時代には、公的な救済施設が設置されました。
① 悲田院(ひでんいん)
貧困者や病人、孤児などを保護するための施設で、 738年(天平10年)光明皇后(聖武天皇の皇后)が発案し、平城京に設置されました。その後は、全国各地の国府にも設置されました。
② 施薬院(せやくいん)
病人に薬を提供し治療を施す施設で、733年(天平5年)に設置され、当時の「医療福祉」の役割を果たしました。
これらの施設は国家が設置し役人や僧侶が運営を担っていましたが、国家財政の悪化に伴い次第に衰退しました。
2.平安時代(8世紀末~12世紀)
奈良時代の公的な福祉施策は平安時代に入ると衰退し、代わりに貴族や僧侶の個人的な慈善活動が増えていきました。
① 貴族の施し
貴族は仏教の教えに基づき「功徳」を積むために布施や寄付を行いました。一例としては、藤原道長(966年 – 1027年)は貧しい人々に施しを行い、「法成寺(ほうじょうじ)」などの寺院を建立しました。
② 寺院の社会福祉的役割
貴族の庇護を受けた寺社の中には、「僧坊」に修行僧だけではなく、病人を受け入れるところもありました。また比叡山延暦寺や高野山金剛峯寺などの大寺院では、一定の福祉的な役割を果たしました。
③ 院政期(11世紀後半~12世紀)
院政を行った白河天皇(1053年 – 1129年)や鳥羽天皇(1103年 – 1156年)は、貧しい人々や病人を救うための施設を建立しました。法勝寺(白河天皇建立)や六波羅蜜寺(施しの場として有名)などが、福祉的な機能を持っていました。
3. 鎌倉時代(12世紀末~14世紀)
鎌倉時代になると、武士の時代へと移行し福祉のあり方も変化しました。この時期には、寺院を中心とした福祉活動が活発になるとともに、民間の相互扶助が発生します。
① 寺院による福祉
浄土宗や浄土真宗の布教活動とともに、貧困者への施しが広がりました。法然(1133年 – 1212年)や親鸞(1173年 – 1263年)が広めた「念仏信仰」により、庶民の救済意識が高まりました。また鎌倉極楽寺を開山し救済活動を行った忍性(1217年 – 1303年)は、若い頃に「らい病患者」のための施設「北山十八間戸」を創設しています。
② 幕府の施策
幕府は、領民の安定のために「徳政令」を出し、経済の混乱を招くこともありながらも、借金の帳消しを行いました。また武士団による相互扶助により、戦で傷ついた仲間を助ける仕組みも整いました。
③ 民間の相互扶助
村落や町では「講」(こう)と呼ばれる組織が形成され、相互に助け合う仕組みが生まれました。一例として 「頼母子講(たのもしこう)」とは互いに資金を出し合い、困ったときに貸し付ける仕組みがあります。
4. 室町時代~戦国時代(14世紀~16世紀)
この時期は戦乱が続いたため、国家的な福祉制度はほとんど存在せず、自治的な福祉活動が中心となりました。
① 寺院と施薬院
京都の本願寺など大きな寺院が貧しい人々を救済する場となり、施餓鬼供養など貧困者への施しが行われました。
② 応仁の乱(1467年~1477年)後
応仁の乱では多くの貧民・孤児が発生したため、承認などの自治組織である町衆が地域福祉を担うようになりました。また戦国大名の中には、上杉謙信が飢饉時に施しを行ったように、領内の福祉政策を重視する者もいました。
5. 江戸時代(17世紀初頭~19世紀中頃)
この時代は約260年間にわたる平和な時代であり、社会構造や経済活動が安定していたため、福祉活動は主に地域社会や職能集団、個人の慈善活動によって支えられていました。
① 地域社会による相互扶助
農村や町村には相互監視・扶助を目的に「五人組」制度が導入されました。これは5戸を1組とし連帯責任を負う仕組みで、犯罪防止や年貢の納入だけでなく、生活困窮者の支援なども行われました。
都市部では近隣住民による助け合い組織である「隣組」制度が創設され、災害時の救助や生活困窮者への支援など、地域コミュニティとしての機能を果たしました。
② 職能集団と福祉
視覚障がい者による「座頭」という職能集団が組織され、音楽や鍼灸などの職業に従事しました。彼らは特権的な地位を持ち、相互扶助の体制となっていました。
③ 個人による慈善活動
朱子学を学んだ者により慈善活動がなされました。一例としては、下野国(現在の栃木県)出身の商人「鈴木石橋(すずき せっきょう)」は天明の大飢饉(1782~1788年)に際し、私財を投じて貧困者や孤児の救済活動を行い、養育した子供は500人以上と言われており、さらには教育の重要性も説いていました。
④ 幕府や藩の政策
第5代将軍・徳川綱吉は「生類憐みの令」を発布し、動物だけでなく、人間の捨て子や病人の保護も奨励しました。これにより、社会的弱者への関心が高まりました。
⑤ 藩による障がい者支援
各藩では、障がい者に対する保護や優遇政策が実施されていきました。例えば、視覚障がい者には特定の職業が許可され、生活の支援が行われていました。
⑥ 消防組織と地域防災
江戸時代中期、町人たちは自発的に「町火消」という消防団を組織し、火災時の消火活動や被災者の支援を行いました。これにより、地域の安全と福祉が守られていました。
6. 明治時代(19世紀後半~20世紀初頭)
① 法律による制度の確立
1874年、日本初の公的救貧制度である「恤救規則(じゅっきゅうきそく)」が制定され、生活困窮者への支援が行われるようになりました。
1899年、非行少年や孤児の保護・教育を目的とした「感化法」が制定され、感化院(現在の児童自立支援施設)の設立が推進されました。
② 民間の慈善活動の活発化
岡山孤児院を設立した石井十次や、滝乃川学園を創設した石井亮一など、キリスト教精神に基づく福祉活動が展開されました。
7. 大正~昭和初期(20世紀前半)
① 法律、制度の改正、拡充がなされた。
1917年、「恤救規則」を改正した「救護法」が制定されました。これは、対象者や支援内容を拡充した法律で、より多くの生活困窮者への支援が可能となりました。
1932年には、「方面委員制度」が導入され、地域のボランティアが生活困窮者の相談・支援を行う制度が整いました。これは現在の民生委員制度の前身となります。
② 障がい者福祉の進展
視覚障がい者や聴覚障がい者への教育・職業訓練施設が設立され、障がい者の自立支援が進められました。
8. 戦後(1945年~)
第二次世界大戦後、日本は新たな憲法の下で、社会福祉制度の再構築と拡充を図りました。特に、国民の生存権を保障するための法律や制度が次々と制定され、福祉国家への道を歩み始めました。
① 1946年:「日本国憲法」の公布
第25条 には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と明記され、国の責任で社会福祉が推進される基盤となりました。
② 1950年:「社会福祉事業法」「生活保護法」「老人福祉法」などの制定
社会福祉事業法により福祉サービスの提供体制を整備し、生活保護法により、生活困窮者への最低限度の生活保障を定めました。また、児童福祉法や身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法、老人福祉法、母子及び寡婦福祉法により、社会的弱者への支援が法的に確立されました。
③ 1961年:「国民皆保険・皆年金」の実現
すべての国民が医療保険と年金制度に加入する体制が整い、社会保障の充実が図られました。
④ 1973年:「福祉元年」
高齢者医療費の無料化など、福祉施策が大幅に拡充され、社会福祉への関心と予算が飛躍的に高まりました。
9. 現代(1990年代以降)
バブル経済の崩壊や少子高齢化の進行に伴い、日本の福祉政策は新たな課題に直面しました。これに対応するため、介護や障がい者支援、生活困窮者への支援など、多様なニーズに応じた制度改革が行われました。
① 1997年:「介護保険法」の制定(2000年施行)
高齢者の介護を社会全体で支える仕組みとして、介護保険制度が導入されました。これにより、要介護者は必要なサービスを選択・利用できるようになりました。
② 2005年:「障害者自立支援法」の制定
障がい者が自立した生活を営むための支援を目的とし、福祉サービスの利用者負担や就労支援などが盛り込まれました。
③ 2012年:「生活困窮者自立支援法」の制定
生活保護に至る前の段階で支援を行い、自立を促すための法律で、就労支援や住居確保など多角的な支援が提供されました。
④ 2013年:「子ども・子育て支援法」の制定
少子化対策として、保育所整備や子育て支援の充実を図り、子育て環境の改善に努めました。
現在進行している少子化と超高齢社会の到来は、国家の財政問題と絡み今後の年金、医療、福祉、介護などの社会保障に影響を与え、大きな転換点となる可能性があります。
これからは、これまでの歴史の流れを押さえながら、新しい国民負担と社会保障のあり方を考える時期となります。
この記事の執筆者
江頭 瑞穗
神奈川県出身 1987年設立の 学校法人国際学園 横浜国際福祉専門学校にて、介護福祉士、社会福祉士、社会福祉主事(任用)、保育士、幼稚園教諭などの養成を行う学科、コースの設立を主導し、事務長、事務局長を経て1991年理事長に就任。1995年同職を辞し、学校法人、社会福祉法人のコンサルタント業務を開業。
翌1996年 株式会社日本アメニティライフ協会を設立し、グループホームケアの実践を行うと共に、神奈川県、東京都に限定した介護事業を展開。現在、子会社にて日本語学校を経営するとともに、社会福祉法人理事として特別養護老人ホーム、老人保健施設、また医療法人理事としてクリニックの経営に携っている。

