介護職に必要な能力とは?
介護の現場では多職種によるチームケアが基本であり、円滑な連携やコミュニケーションが不可欠です。その中でも、利用者に最も寄り添い日々の暮らしを支える介護職がリーダーシップを発揮することは、ケアの質を向上させるうえで重要な要素となります。
それでは介護現場において求められるリーダーシップとは、具体的にどのようなものでしょうか?
リーダーシップを捉える視点:基本の三次元
最初に、リーダーシップの定義を確認しておきましょう。リーダーシップにはさまざまな解釈がありますが、ここではシンプルでわかりやすい定義として、「職場やチームの目標を達成するために他のメンバーに及ぼす影響力」1)という定義を紹介します。
この定義から、リーダーシップとは職場やチームの成果に貢献する行動であり、他のメンバーに何らかの影響を与える働きかけを指すことがわかります。
リーダーシップに関する理論は非常に多岐にわたり、社会科学分野では多くの研究がなされています。その中でも、本稿ではリーダーシップを構成する「基本の三次元」の考え方を紹介します。この三次元とは「タスク志向」「関係志向」「変化志向」の3つを指します2)。
1990年代頃までは、リーダーシップの基本次元は「タスク志向」と「関係志向」の2つと考えられていました。しかし、環境の激しい時代を迎え、それに適応するための「変化志向」の重要性が指摘されるようになりました。
具体的には、
- タスク志向:目標達成に向けて、目の前の業務を効率的に遂行するリーダー行動
- 関係志向:メンバー同士の人間関係に配慮し、協働を促すリーダー行動
- 変化志向:環境変化に適応し、変革を促すリーダー行動
という3つの側面からリーダーシップを捉える考え方です。
では、この「基本の三次元」を介護現場に当てはめ、求められるリーダーシップについて具体的に考えていきましょう。
ケアプランのPDCAを回す「タスク志向」
まず「タスク志向」について考えてみましょう。タスク志向とは、組織やチームの目標達成に向けて、ヒト、モノ、カネなどのリソースを効果的に活用しようとするリーダー行動を指します。具体的には、計画立案、組織化、役割や目的の明確化、モニタリング、問題解決などが含まれます3)。これは、組織やチームの成果に直結する重要なリーダーシップの側面と言えます。
介護現場の目標は、抽象的で多義的な要素を含み、目標設定や成果の測定が容易ではありません。そのような状況下で求められるのは、ケアプランを単なる形式的なものにせず、利用者本位のケア目標を具体的に設定し、それを達成するための計画を立て、実践し、継続的に改善していくことです。つまり、実効性のある「PDCAサイクル」を回していくことが重要になります。
たとえ入念に「P(プラン)」を立てても、計画どおりに進むとは限りません。むしろ、意図しなかった影響が生じることもあります。良かれと思って行ったケアが、予期せぬ副作用を引き起こす可能性も否定できません。だからこそ、「D(実行)」の後の「C(チェック)」と「A(アクション)」による適時適切な軌道修正が欠かせないのです。
コミュニケーションを促進し、メンバーの気持ちに配慮する「関係志向」
次に「関係志向」について考えてみましょう。関係志向とは、良好な上司・部下関係を重視し、メンバーの成長を支援するとともに、職場や組織との一体感やミッションへのコミットメントを高めようとするリーダー行動を指します。具体的には、支援、育成、承認、権限委譲等が含まれます3)。
介護は多職種によるチームケアであるため、関係者同士の円滑なコミュニケーションが不可欠です。前述した「タスク志向」を、リーダーの独断で推し進めることはできません。利用者に関わるすべてのメンバーが、適時適切に情報を共有し、対話を通じて「C(チェック)」を行い、その結果をもとに「A(アクション)」を実行し、新たな目標設定「P(プラン)」へとつなげていく必要があります。
介護現場における関係志向とは、単に仲が良い関係を築くことや支援的な姿勢を示すことにとどまりません。むしろ、ケアに関わる対話を促し、オープンなコミュニケーションを活性化させることが重要です。そのためには、単なる情緒的なつながりだけでなく、データや専門職としての科学的な知見・見識が裏付けとして求められます。
今までの当たり前を疑い、新たな試みに挑む「変化志向」
最後に「変化志向」について考えてみましょう。変化志向とは、革新や組織学習を促し、外部の変化に適応しようとするリーダー行動を指します。具体的には、変革の提案、ビジョンの明示、革新の奨励、組織学習の促進などが含まれます3)。
組織学習とは、組織内の信念や価値観、ルーティンが変化することを指します。ルーティンとは、日常的な業務手順や行動規範、暗黙のルールなどを意味します。つまり、「今までの当たり前を見直すこと」にほかなりません4)。
介護現場に限らず、多くの職場では日々の業務に追われ、新たな視点で考える余裕がないことが多いでしょう。しかし、一つひとつの業務手続きについて、「何のためにやっているのか」「より効率的な方法はないか」「そもそも必要な業務なのか」と問い直すことが、組織の成長につながります。
「今までそうしてきたから」という理由だけで続けいている業務は、意外に多いのではないでしょうか。
一人のリーダーに依存するリスク
リーダーシップの三次元は、どれも組織運営に欠かせません。
タスク志向が弱ければ、目標設定に向けたマネジメントが機能しません。
関係志向が不足すれば、メンバー間の信頼が築けず、コミュニケーションが停滞します。
変化志向が乏しければ、現状維持にとどまり、環境変化への適応が難しくなります。
とはいえ、これらすべてを一人のリーダーが担う必要はありません。不確実性の高い介護現場では、多様な視点と協働が不可欠です。一人のリーダーに依存することは、むしろリスクになりかねません。
誰もがリーダーシップを発揮する職場を目指して
ここで注目したいのが「シェアド・リーダーシップ」という考え方です。これは、必要なときに誰もがリーダーシップを発揮し、他のメンバーはフォロワーシップに徹するという職場のあり方を指します1)。
もちろん、公式なリーダーや管理職は必要です。彼らはマネジメント責任を担い、タスク志向のリーダーシップ(計画・組織化・モニタリングなど)を主導します。
しかしそれは、トップダウンでの指示・命令を意味するものではありません。ファシリテーター(促進者)として、メンバーが意見を出し合い、新たな挑戦ができる環境を整える役割を果たすべきです。
主体はあくまでもチームメンバー全員です。一人ひとりが主体性と創造性を発揮し、相互にコミュニケーションをとれる職場づくりを目指したいものです。
(注)
1) 石川淳(2022)『リーダーシップの理論: 経験と勘を活かす武器を身につける』中央経済社.
2) Yukl, G. (2013). Leadership in Organizations-8th ed. Boston : Pearson.
3) Yukl, G. (2012). Effective leadership behavior: What we know and what questions need more attention. Academy of Management Perspectives, 26(4), 66-85.
4) 安藤史江(2019)『コア・テキスト組織学習』新世社.
この記事の執筆者

茨城キリスト教大学 経営学部准教授
菅野 雅子
茨城キリスト教大学経営学部准教授。博士(政策学)、MBA(経営管理修士)。人事労務系シンクタンク等を経て現職。公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査検討委員会」委員。
著書に『福祉サービスの組織と経営』(共著)中央法規出版(2021年)、『介護人材マネジメントの理論と実践』(単著)法政大学出版局(2020年)など。