働く人の介護事情を考える
「介護離職が減らない理由」
なぜ介護サービスがあっても離職は減らないのか?
介護離職とは、家族の介護や看護を理由として、それまで続けていた仕事を辞めることです。
日本では高齢化が進み、介護を必要とする人が増えています。一方で、介護を担う側には40代から60代の働き盛りの世代も多く、職場では責任ある仕事を任され、家庭では生活を支えながら、さらに親や家族の介護にも向き合う人が増えています。
では介護保険制度が整備され、介護サービスを利用する人も増えている現在、介護離職は減っているのでしょうか。
実際には、介護や看護を理由として仕事を離れる人は、現在も年間約10万人規模にのぼっています。※1
ここで考えたいのは、「なぜ、介護サービスが充実してきたにもかかわらず、介護離職はなくならないのか」ということです。
介護離職が減らない背景には、一つの原因だけではなく、介護をする人が抱えるさまざまな要因が関係しています。
介護保険制度が2000年に始まってから、介護サービスの種類や利用できるサービスは大きく広がりました。
それでも介護離職がなくならないのは、介護サービスの普及がされていないからなのでしょうか。
介護サービスは、家族の介護を支える重要な役割を果たしており、その利用によって家族が介護に対応する時間や役割が軽減されているケースも数多くあります。
一方で、介護離職が起こる背景には、介護サービスだけでは解消できないさまざまな事情があると考えられます。
介護離職が減らない背景
介護サービスと家族の役割
例えば、デイサービスなどを利用している場合でも、サービスを利用していない時間帯には家族による見守りや食事の準備、家事、通院の付き添いなどが必要になることがあります。
認知症が進行すれば、夜間の対応や急なトラブルへの対応が必要になることもあります。
つまり、「介護サービスを利用すること」と「家族が介護に関わる必要がなくなること」は同じではありません。
2.長期化する介護
介護は、いつ終わるのかを予測することが難しいという特徴があります。数か月で生活が安定する場合もあれば、数年にわたって介護が続くこともあります。
最初は何とか対応できていたことも、少しずつ難しくなっていくことがあります。
3.精神的・時間的な負担は見えにくい
介護にかかる時間や対応の大きさは、「実際に何時間介護をしたか」だけでは測れません。
例えば、
- 仕事中も家族の体調が気になる
- 電話が鳴るたびに「何かあったのでは」と不安になる
- 夜中に何度も起こされる
- 休日も病院への付き添いや手続きなどで時間に余裕がなくなる
こうしたことも、介護をする人にとっては精神的な負担につながることがあります。
特に認知症などの場合、「次に何が起こるかわからない」という不安を抱えながら生活することもあります。
こうした状況は、周囲からは見えにくいものです。
4.介護する人自身の心身にも影響が及ぶことがある
介護をする人が頑張れば頑張るほど、介護を受ける家族を支えることができる――とは限りません。
睡眠不足や疲労が続けば、介護する側の健康にも影響する可能性があります。
その様な生活環境が続き介護する人の心身の状態が悪化すれば、仕事と介護の両方を続けることが難しくなる可能性があります。
5.職場環境と仕事との両立
同じ介護状況であっても、職場の環境によって仕事との両立のしやすさは大きく異なります。
- 職場の上司に相談できるのか。
- 勤務時間を調整できるのか。
- 休暇を取得しやすいのか。
- 周囲が介護事情を理解しているのか
こうした職場環境も、仕事と介護を続けられるか大きく関係しています。
仕事を辞めずに介護を続ける「ワーキングケアラー」
こうした中で、仕事を辞めずに家族の介護を続ける「ワーキングケアラー」がいます。
働き続けることには、安定した収入を確保できることや、将来の生活設計やキャリアを維持できること、職場という社会とのつながりを保てることなど、さまざまな側面があります。
一方で、仕事と介護を両立している人の中にも、心身の疲労や精神的なストレスを抱えている人がいます。
ここで重要になるのが、「見えにくい変化」です。
「仕事を続けている=問題なく両立できている」ではない
ワーキングケアラーが抱えている状況は、必ずしも遅刻や欠勤という形で現れるとは限りません。
毎日出勤していても、
- 「以前より仕事に時間がかかる」
- 「集中しにくい」
- 「仕事への意欲が低下している」
といった変化が現れることがあります。
このような状態を考えるうえで、近年注目されているのがプレゼンティーズムです。
プレゼンティーズムという「見えにくい影響」
プレゼンティーズムとは、出勤して仕事をしているものの、健康上の問題などによって、本来の能力を十分に発揮できない状態を指します。
ワーキングケアラーの場合、介護による睡眠不足や疲労だけでなく、家族への心配や、介護と仕事の両方を担うことによる精神的なストレスなどが、仕事に影響する可能性があります。
例えば、家族の体調が気になって仕事中も頭から離れない、夜間の対応で十分な睡眠が取れない、介護の予定を調整することに追われて仕事への集中力が落ちる、といったことです。
こうした状態は、周囲からは分かりにくいという特徴があります。
遅刻や欠勤であれば、職場も変化に気づくきっかけがあります。
当事者自身も、自覚をしておらず
- 「まだ仕事には行けている」
- 「休んでいるわけではない」
と考え、プレゼンティーズムの状態になっていても気づきにくい場合があります。
内閣府経済社会総合研究所では、2025年にワーキングケアラーについて、介護負担が離職の可能性に与える影響だけでなく、プレゼンティーズムに着目した研究も公表しています。ワーキングケアラーの介護負担と、就業・生産性への影響を考えるうえで重要な視点となっています。※2
ここで大切なのは、プレゼンティーズムになったから、そのまま介護離職につながるという単純な関係ではないということです。介護による心身の疲労やストレスが長期化すれば、仕事と介護の両立が難しくなる可能性があります。
介護離職を考えるときには、実際に仕事を辞めた人だけではなく、その前段階にいる「働き続けているものの、仕事と介護の両立に悩みを抱えている人」にも目を向ける必要があります。
介護離職を防ぐには、本人だけではなく「職場」にも目を向ける
ここまで見てきたように、介護離職の背景には、介護サービスだけでは対応しきれないさまざまな事情があります。
そして、もう一つ重要なのが職場環境です。
- 介護のために早く帰りたい。
- 病院への付き添いで休みたい。
- 夜間の介護で睡眠不足になっている。
こうした状況になったとき、上司や同僚に相談できる環境があるかどうかは仕事と介護の両立に大きく関わります。
そのため、介護離職を防ぐために職場側は、「介護する人が頑張る」だけではなく、「介護する人が無理をしなくても働ける環境をつくる」という視点が必要になります。
「仕事を辞めずに済んだか」だけではなく、「健康に働き続けられているか」
介護離職対策というと、「仕事を辞める人を減らす」ことに目が向きがちです。
もちろん、介護を理由とした離職を防ぐことは重要です。
ただし、介護離職を防ぐためには、離職者数だけを見るのではなく、仕事を続けている人がどのような状況にあるのかにも目を向ける必要があります。
- 仕事を続けている人が、心身の健康を保ちながら働けているか。
- 介護を一人で抱え込んでいないか。
- 必要な制度や介護サービスを利用できているか。
- 困ったときに職場へ相談できているか。
こうした点まで考える必要があります。
仕事を続けることも、仕事を辞めることも、家庭の状況によっては必要な選択になり得ます。
大切なのは、「仕事を続けること」を一律に正解とすることではありません。
本人や家族の状況に応じて、仕事と介護について無理のない選択ができる環境を整えること。
それが、これからの介護離職対策に求められているのではないでしょうか。
介護離職を防ぐために、社会全体で支える
介護は、家族だけの問題ではありません。介護保険サービス、家族、地域、そして職場。それぞれが役割を担いながら、介護する人を支えていくことが重要です。
- 介護サービスを利用すること
- 家族で役割を分担すること
- 地域の相談窓口につながること
- そして、職場に相談すること
こうした支援を組み合わせることで、介護する人が一人で抱え込まない環境をつくることができます。
そして現在、国の政策も「介護をする個人への支援」だけではなく、仕事と介護を両立できる職場環境をつくる方向へと広がっています。
では、企業には具体的に何が求められるようになったのでしょうか。
次回は、2025年4月に施行された改正育児・介護休業法を取り上げ、「介護離職ゼロ」を目指して国が進めている取り組みについて考えていきます。
■出典先
※1
日本経済新聞「介護と両立」政治に問う
働く中高年ら、年10万人離職 支援政策の拡充求める
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO84287530S4A021C2CM0000/
(閲覧日:2026年8月28日)
※2
内閣府 経済社会総合研究所「ワーキングケアラーの介護負担と就業への影響について―離職の可能性に着目して―」
https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/new_wp/new_wp080/new_wp078.pdf
(閲覧日:2026年8月24日)
この記事は介護福祉士に監修されています
介護福祉士
青木 いづみ
母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。

