働く人の介護事情を考える
「ワーキングケアラーとは」
横ばいの介護離職者数と増えているワーキングケアラー
日本では高齢化が進み、介護を必要とする人が増えています。
介護を担う側の多くは40代から60代の働き盛りの世代です。職場では責任ある立場を任され、家庭では子育てや生活を支えながら、さらに親や家族の介護にも向き合う人が増えています。
介護離職者数は約10年間、大きく減少していません。これは国の対策が効果を上げていないという意味ではありません。
介護を必要とする高齢者や、仕事と介護を両立するワーキングケアラーが増え続ける中で、離職者数を大幅に増やさずに抑えていることは、介護保険制度や企業の両立支援が一定の役割を果たしている可能性があります。また、仕事を続けながら心身に大きな負担を抱えるワーキングケアラーも増えており、その支援が今後の介護離職対策の重要な課題となっています。
「仕事を続けながら、家族の介護をすることになったら、あなたはどうしますか。」
介護離職という言葉を聞くと、「仕事を辞めて介護に専念すること」をイメージする方も多いかもしれません。実際には、多くの人が選んでいるのは、「仕事を辞める」のではなく、「働きながら介護を続ける」という選択です。
増え続けているワーキングケアラーという選択
仕事と介護を両立している人をワーキングケアラーと呼びます。仕事と介護の両立は決して簡単なことではありませんが、以下のような側面があることから、ワーキングケアラーを選択する人が増えていると考えられます。
1.安定した収入を維持できる
介護は数か月で終わるものではなく、数年から10年以上続くこともあります。働き続けることで毎月の収入を確保できるため、生活費だけでなく、介護サービスの利用料や医療費などにも対応しやすくなります。経済的な安心感は、介護を長く続けるための大切な支えになります。
2.将来の生活設計を守ることができる
仕事を続けることで、厚生年金や退職金、社会保険などの保障を維持できます。介護が終わった後の人生も考えると、キャリアを継続することは将来の生活基盤を守ることにもつながります。
3.社会とのつながりを保つことができる
職場は、収入を得る場であるだけでなく、人との交流や社会とのつながりを持つ大切な場所でもあります。仕事を続けることで介護から一時的に気持ちを切り替える時間が生まれ、孤立感や閉塞感を軽減できる場合があります。
4.生活のリズムを維持しやすい
毎日決まった時間に仕事へ行くことで、生活リズムが整いやすくなります。介護だけの生活になると、介護中心の毎日となり、疲労やストレスを抱え込みやすくなることがあります。仕事を続けることは、心身の健康維持にもつながる場合があります。
5.介護を一人で抱え込まなくなる
仕事を続けるためには、自分一人だけで介護を担うことは難しくなります。そのため、ケアマネジャーと相談しながら介護保険サービスを利用したり、地域包括支援センターや家族と連携したりする機会が増えます。
介護の負担を分担することで、介護者自身の心身の健康を守りながら、無理なく介護を続けやすくなります。
ワーキングケアラーが抱える見えない負担
介護離職を防ぐためには、「仕事を辞めずに介護を続けられる環境」を整えることが重要です。ワーキングケアラーの中には、周囲には見えない負担を抱えながら働いている人も少なくありません。
例えば、
- 「夜中に何度も起こされて十分な睡眠が取れない」
- 「勤務中も家族の体調が気になり、電話が鳴るたびに不安になる」
- 「仕事が終わってから介護や家事を行い、自分の休む時間がない」
このような状態が続くと、心身の疲労が蓄積し、仕事にも影響が出ることがあります。
「出勤しているのに、本来の力が発揮できない」
~プレゼンティーズムという問題~
近年、企業の健康管理の分野で注目されているのが「プレゼンティーズム」(Presenteeism)です。
プレゼンティーズムとは、出勤はしているものの、健康上の問題によって本来の能力を十分に発揮できない状態をいいます。実はワーキングケアラーの場合、介護による睡眠不足や精神的なストレスが、この状態につながることがあると言われています。
例えば、認知症の親を介護しているAさん。
夜間に何度も呼ばれるため、慢性的な睡眠不足が続いていました。朝になると、「今日も仕事に行かなければ」と出勤します。しかし、このような変化が少しずつ現れました。
- 会議中に集中できない
- 以前より判断に時間がかかる
- 仕事のミスが増える
- 以前のような意欲が出ない
Aさんは出社をしています。そのため、周囲からは「問題なく働いている」と見られていました。しかし、本人の中では、介護と仕事の両方に責任を感じながら、限界に近い状態で頑張り続けていたのです。
プレゼンティーズムは「仕事と介護の両立による負荷」だけを原因に生じる訳ではありません。ただし、働きながら家族の介護を担うワーキングケアラーにとって、介護による疲労や精神的負担は、仕事のパフォーマンスに影響を与える大きな要因の一つとなっています。
これが、ワーキングケアラーに起こり得るプレゼンティーズムの一例です。プレゼンティーズムは介護だけではなく、家族の病気の看病などでも同じことが起こり得ます。
介護は長期間続くこともあり、一人の力だけで抱え続けることには限界があります。
これからの介護と仕事の両立支援では、「介護を一人で抱え込んで離職という選択に悩む人を支援する」だけではなく、「ワーキングケアラーが心身の健康を保ちながら介護と仕事を両立できるか」という視点も欠かせません。
国としても、介護離職を防ぐ鍵はワーキングケアラーを離職に繋げないこととして、この点に着目しています。
【実例】仕事も介護もあきらめない選択
~ワーキングケアラーとして両立したBさんの体験談~
Bさん(50代・会社員)は、80代の母親と二人暮らしをしながら、フルタイムで仕事を続けていました。
ある日、母親が自宅で転倒し、大腿骨を骨折して入院することになります。退院後は歩行が不安定になり、食事の準備や買い物、通院の付き添いなど、これまで以上に介助が必要になりました。
Bさんは、「家族なのだから自分が支えなければ」と考え、仕事を続けながら介護を始めます。
朝は母親の食事や服薬を確認してから出勤し、仕事が終わると買い物をして実家へ向かい、夕食の準備や掃除、洗濯を済ませて帰宅する毎日。休日も病院への付き添いや介護保険の手続きなどで、自分の時間はほとんどありませんでした。
当初は「人員の少ない職場、仕事を辞めるわけにはいかない」と無理を重ねていましたが、その生活は次第に心身へ影響を及ぼし始めます。
夜中に母親から電話が入り睡眠不足になることも増え、仕事中は集中力が続かず、仕事の効率が落ちていると感じるようになりました。その影響で、書類の入力ミスや判断の遅れが目立つようになりました。
日々の疲労の蓄積や精神的なストレスは、Bさん自身に変化を与えていました。その変化とは、介護による疲労や精神的な負担によって、本来の力を発揮できなくなるプレゼンティーズムの状態でした。
そんなある日、上司から「最近疲れているようだけれど、何かあったの?」と声を掛けられます。
思い切って介護の状況を話すと、会社には介護休暇や勤務時間の調整制度があることを改めて知り、利用について相談できるようになりました。また、同僚からも「同じ経験をしたことがある」と介護サービスを利用する際のアドバイスもしてもらいました。
そして、地域包括支援センターを紹介してもらい、ケアマネジャーへ相談したことで、介護の環境も大きく変わり、Bさんは、小規模多機能型居宅介護を利用することにしました。
「通い」による日中の支援に加え、必要に応じて「訪問」や「泊まり」のサービスも利用できるため、母親の体調やBさんの仕事の状況に合わせて柔軟に支援を受けられるようになりました。
それまで一人で抱え込んでいた介護の負担が少しずつ軽くなり、Bさんにも心の余裕が戻ってきます。
「仕事中は仕事に集中する。」「家に帰ったら、母との時間を大切にする。」
以前のように仕事へ集中できる日が増え、ミスも少なくなりました。
Bさんは、こう振り返っています。
「一人で頑張り続けることが親孝行ではなかったのだと気づきました。介護サービスや職場の制度を利用したことで、母にも笑顔が戻りました。そして、自分も今まで続けてきた仕事を諦めない選択をすることが出来ました」
「仕事を辞めるか、介護を優先するか」という二者択一ではなく、「制度や他者の力を借りて仕事と介護を両立する」という選択肢もあるのです。
ワーキングケアラーを続けていくために必要なこと
「まだ大丈夫」と無理を続ける前に、
「少し負担が大きくなってきた」
「仕事との両立が難しい」
と感じた早い段階で制度や他者の力を借りることです。
職場の上司や仲間、家族や親戚、地域包括支援センターなど、周りには相談できる環境があります。そして国としての政策や職場の制度もあります。必要な支援を活用し、周囲と支え合うことで、介護する人自身の生活や健康を守りながら、家族との時間を大切にすることもできます。
ワーキングケアラーとして働き続けるためには、「一人で頑張る」ことではなく、「介護サービスや制度などを上手に活用する」ことが重要です。働き続けることは、収入やキャリアを守るだけでなく、介護者自身の健康や生活、そして介護を受ける人の暮らしを支えることにもつながります。
介護は、誰か一人が頑張り続けるものではなく、社会全体で支えていくものなのです。
では、介護離職を防ぐためには何が必要なのでしょうか。介護をする人だけの努力で解決できる問題なのでしょうか。
ワーキングケアラーに必要なこと
- 一人で抱え込まない
- 早めに情報収集する
- 職場へ相談する
- 家族で協力する
- 自分の健康を守る
次回は、介護離職が約10万人で横ばいとなっている理由と、その背景にある課題について考えていきます。
この記事は介護福祉士に監修されています
介護福祉士
青木 いづみ
母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。

