働く人の介護事情を考える
「もし今すぐ家族の介護が必要になったら、あなたはどうしますか?」
自分にはまだ関係ないだろう、そう思いがちな介護。介護は高齢の両親だけではありません。例えば配偶者や子供も介護が必要になることもあります。事故や病気は予告もなくいきなり起こることが多いのです。
- 「親が転倒して入院した。」
- 「認知症と診断され、一人暮らしが難しくなった。」
- 「病院から『退院後は介護が必要です』と言われた。」
そして介護は、ある日突然始まります。
その時、多くの方が最初に悩むのは、「仕事を続けながら介護ができるのだろうか」ということではないでしょうか。
家族を支えたいという気持ちと、生活を支えるために働き続けなければならない現実。その狭間で悩み、最終的に仕事を辞める「介護離職」を選択する人が毎年約10万人います。※1
一方で、仕事と介護を両立しながら生活することを選択する方々をワーキングケアラーと言い、300万人以上いるといわれています。※2
国の政策が整備されていく中でも、団塊の世代が後期高齢者の年齢に差し掛かっています。その為介護を必要とする高齢者も増えている状況です。
ここでは、「働く人の介護事情」とはどのようなものであるか説明をしてみます。
介護離職とは
介護離職とは、家族の介護を理由に仕事を辞めることです。離職を決断する理由はさまざまです。
- 毎日の通院の付き添いが必要になった
- 認知症の家族を一人にできなくなった
- 夜間の介護で睡眠が取れなくなった
- 遠距離介護で仕事との両立が難しくなった
- 自分以外に介護を担う人がいない
仕事と介護の両立が難しくなり、「家族を優先したい」という思いから離職を決断する方も少なくありません。
介護離職という選択
選択した場合の変化
介護離職を選択した場合、状況によっては生活面や精神面で変化が生じることがあります。
家族に寄り添う時間を確保できる
仕事を辞めることで、介護に十分な時間を充てることができます。
通院や介護サービスの調整、食事や見守りなどに余裕を持って対応できるため、「家族と過ごす時間を大切にしたい」という思いを実現しやすくなります。
心理的な焦りが軽減される場合がある
仕事と介護を両立していると、「仕事を早く終わらせなければ」「急いで帰宅しなければ」と時間に追われる生活になりがちです。
離職することで、そのような時間的なプレッシャーが軽減される方もいます。
介護に専念できる安心感
介護のために休暇を取得したり、勤務時間を調整したりする必要がなくなるため、「仕事に迷惑をかけている」という精神的な負担が軽くなることもあります。
選択する前に考えたいこと
一方で、介護離職には慎重に考えたい点もあります。
収入が減少する
最も大きな影響は、収入が途絶えることです。介護は数か月で終わるとは限りません。数年、あるいは10年以上続くこともあります。生活費や住宅ローン、教育費などを考えると、経済的な負担は決して小さくありません。そしてお金がかかることを忘れてはいけません。
再就職が難しくなる場合がある
介護が落ち着いて再び働こうとしても、年齢やブランクなどの影響で希望する仕事が見つかりにくいことがあります。特に長期間離職した場合は、以前と同じ条件で働くことが難しいケースもあります。
社会とのつながりが減る
仕事は収入を得るだけではなく、人との交流や社会とのつながりを持つ場でもあります。離職によって外出する機会が減り、介護だけの生活になることで孤立感を抱く方も少なくありません。
介護者自身の健康を損なうこともある
「仕事を辞めれば介護が楽になる」と思われることがありますが、実際にはそうとは限りません。
介護だけの生活になることで、睡眠不足・慢性的な疲労・腰痛・ストレス・うつ状態など、介護者自身が体調を崩してしまうこともあります。介護者が倒れてしまえば、介護を続けること自体が難しくなります。
仕事を辞めるしかない」と思うまで―介護離職に至る一例
介護離職を選ぶ方の多くは、最初から「仕事を辞めよう」と考えているわけではありません。
「できる限り仕事を続けたい。」そう思いながらも、さまざまな事情が重なり、最終的に離職という決断に至るケースが少なくありません。
介護離職につながるケース
例えば、52歳のAさんは、フルタイムで働きながら80代の母親を支えていました。
ある日、母親が自宅で転倒し、大腿骨を骨折。入院と手術を経て退院することになりましたが、以前のような生活は難しくなり、日常生活には介助が必要となりました。
退院後は、病院への通院や介護保険の申請、ケアマネジャーとの打ち合わせ、介護サービスの調整など、これまで経験したことのない手続きが次々と始まります。
仕事を終えてから実家へ通い、食事の準備や掃除、洗濯を済ませて自宅へ戻る毎日。夜中に母親から「転んで起き上がれない」「眠れない」と電話がかかってくることもあり、睡眠不足が続きました。
数か月後には認知症の症状も見られるようになり、「財布がない」「家に知らない人が入った」などの電話が勤務中にも頻繁にかかるようになります。
職場では急な早退や欠勤が増え、「また休むの?」という周囲の視線が気になり始めました。介護休業制度があることは知っていましたが、人手不足の職場では長期間休むことへの遠慮もあり、利用をためらってしまいます。
疲労は徐々に積み重なり、Aさん自身も頭痛や腰痛、不眠に悩まされるようになりました。
「仕事にも迷惑をかけている。」「母も一人にはしておけない。」「このままでは自分も倒れてしまう。」
何度も悩み、家族とも話し合った末、Aさんは退職を決断しました
介護離職とは、このように突然訪れるものではなく、仕事と介護の間で揺れ動きながら、少しずつ追い詰められていく過程の中で選ばれることが少なくありません。
もちろん、介護離職という決断が間違いというわけではありません。しかし、多くの場合、その背景には時間的な負担、精神的な負担、経済的な不安、そして「自分しか介護を担えない」という責任感が複雑に絡み合っています。
「仕事を辞めるしかない」と決断する前に、一人で抱え込まず、家族や職場、地域包括支援センター、ケアマネジャーなどへ相談し、利用できる制度や介護サービスについて情報を集めることが大切です。
早い段階で支援につながることで、仕事を続けながら介護を両立できる可能性が広がることもあります。
「仕事を辞める前に」考えてほしいこと
介護離職は決して間違った選択ではありません。
ご家族の状況や健康状態によっては、離職が最善の選択となる場合もあります。
しかし、「仕事を辞めるしかない」と結論を急ぐ前に、一度立ち止まって考えてみてください。
◎介護離職を考える前に
- 家族や親族と介護を分担する
- 地域包括支援センターへ相談する
- 介護保険サービスの利用を検討する
- ケアマネジャーへ介護の負担を相談する
介護は、一人で抱え込むほど負担が大きくなります。
「一人で頑張る」ではなく「制度や他者を頼る」
現在、国は「介護離職ゼロ」を目指し、仕事と介護を両立しやすい社会づくりを進めています。
2025年の法改正では、企業にも介護制度の周知や相談体制の整備が義務付けられ、働きながら介護を続けられる環境づくりが進められています。
介護は、ご本人だけでなく、ご家族の生活や人生にも大きな影響を与えます。
だからこそ、「一人で頑張る介護」ではなく、「介護サービスや地域、職場と支え合う介護」を選ぶことが、介護を長く続けるための大切なポイントです。
仕事を辞めるか続けるか――その答えは一つではありません。
大切なのは、十分な情報を得たうえで、ご本人やご家族にとって最も納得できる選択をすることです。
そして、その選択を支える制度やサービスを上手に活用し、一人で抱え込まないことが、介護を続けるための大きな力になるでしょう。
■出典
※1
厚生労働省「介護離職ゼロを目指して」
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001564291.pdf
(閲覧日:2026年8月6日)
※2
内閣府 経済社会総合研究所「ワーキングケアラーの介護負担と就業への影響について―離職の可能性に着目して―」
https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/new_wp/new_wp080/new_wp078.pdf
(閲覧日:2026年8月6日)
この記事は介護福祉士に監修されています
介護福祉士
青木 いづみ
母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。

