介護を本音で話そう・家族編
「感情のコントロールを整える」
クールダウンは必要な時間です
日々の生活の中でも感情が高ぶったり、反対に落ち込んだりすることがあるかと思います。人間は常に「感情のコントロール」をしています。
嬉しいことがあっても場面によっては気持ちを抑えたり、腹が立つことがあっても相手との関係を考えて言葉を飲み込んだりすることがあります。
これは特別なことではなく、多くの人が無意識のうちに行っていることです。
しかし、認知症になると、その感情のコントロールが難しくなることがあります。
また、介護をする側も忙しさや疲労、焦りなどから気持ちに余裕がなくなり、普段なら受け流せることでも感情が動いてしまうことがあります。
つまり介護の現場では、「介護する人」と「介護を受ける人」の双方が感情を抱えながら関わっています。だからこそ、感情が高ぶった時に無理にその場で解決しようとするのではなく、一度気持ちを落ち着かせる時間を持つことが大切になることがあります。
今回は、私が実際に介護現場で経験した出来事を通して、「クールダウンの時間」の大切さを語ります。
実録「本音が出たその後に・・・少し離れる時間の大切さ」
私は当時、介護の職場で夜勤続きでした。そのため、5日間母を姉に預かってもらいました。
母を迎えに行った時、姉の顔は疲れ切って無表情でした。
何かあったのかと気になりましたが、とりあえず、いつも3人で待ち合わせに使う喫茶店に入りました。席に着いたとたん、母は「トイレに行きたい」と言います。姉は「ひとりで行けるよね?」と聞くと、母は「大丈夫」と答えながら、反対の方向へ歩いていったのです。
その様子を見て姉は「もう、違うでしょ、ボケボケしないでよ!」と周りの人が振り返るほどの大きな声で叫んだのです。姉がそんな声を出すなんて、と思いました。母もその場から動けなくなるほど驚いた様子で、結局、私が母をトイレに連れて行ったのです。
店内は薄暗く足元が心配のため、母がトイレを済ませてから、席に戻りました。
その後も姉の態度は変わりません。母の行動が気になるのか、「なにやってるの!しっかりしてよ」と注意をするのです。
思わず「お姉ちゃんの家に泊まっている間、お母さんと何かあったの?」と聞くと、姉は「別に・・・疲れただけ」とため息交じりに言いました。
姉と別れた帰りのバスの中で、私は母に「お姉ちゃんの家に、久しぶりに長く泊まって楽しかった?お義兄さん元気だった?」と聞きました。すると母は、「楽しくない。ご飯は、私一人で食べたし、寝る時も一人だった。お義兄さんは別の部屋にいたからあまり話せなかった。」と言ったのです。
すでに介護や見守りが必要になった母に、なぜ一人でご飯を食べさせたのか。
母の言葉を鵜呑みにしていたわけではありません。しかし、喫茶店での姉の様子が気になり、家に帰ってから電話をしてみました。
すると姉は「同じことを何度も話すし、言っても通じない。夜も心配なことがあると起こされる。旦那は最近、出張つづきで疲れているのに、お母さんは話がしたくて夜中に起こしてしまう。私たちにも生活がある。もう限界」と、いつになく感情的に話しました。
その姉の言葉に思わず「私は仕事をしながら、毎日お母さんをみてるけど・・・私にも同じように生活があるのよ」と本音をこぼすと、
「あなたは介護職で慣れているでしょ!私は介護をボランティアでしている素人なのよ。来月は旅行だから預かれない。だからあなたの方でお母さんの事は何とかして」と言われて電話を切られてしまいました。
大きな病気をしてから、ストレスを抱えやすくなった姉。私は、感情が高ぶっている姉に母を預けることが心配になりました。
1泊くらいならと思いましたが、その後の1か月は勤務を少し調整してもらい、夜勤がある日はショートステイを利用しながら様子を見ることにしました。
それまで姉は、施設入居の相談をしても、「まだお母さんは大丈夫だから、かわいそうじゃない」「施設に任せるなんてできない」と言っており、なるべく姉妹だけで介護をしていました。
ショートステイを利用することは、私にとっても気持ちに余裕が生まれる時間でした。
送迎車で送り迎えをしてくれるため、夜勤前や夜勤明けの負担が減り、体調を整えやすくなりました。このまま姉に頼らず、ショートステイの利用を続けようかと思っていました。
ところが、一ヶ月が経った頃、姉から「お母さんはどうしている?」と連絡がきたのです。
私の勤務を調整し、難しい時はショートステイを利用していることを伝えると、「そうだったの。もう大丈夫だから、またお母さん預かるよ」と話してくれました。
ショートステイを利用することで、私の体の負担も軽くなることを話しましたが、「費用も掛かるから」と言われ、結局、以前の「姉妹での母の介護」に戻りました。
今思えば、あの一ヶ月は姉にとって必要なクールダウンの時間だったのだと思います。介護から少し離れたことで気持ちに余裕が生まれ、再び母と向き合う力を取り戻せたのかもしれません。
実録「誰か助けて・・・逃げられない夜勤中の出来事」
私は認知症グループホームに勤務をしていました。この話は今から15年以上前の話です。夜勤の勤務をしていた頃に経験した実話です。
Mさんは若いころから大工職人として働いてきた方です。奥様に先立たれた後、認知症になり入居してきました。職人気質で曲がったことは嫌いな一方、人が好きで冗談を言ったり、おどけて周囲を笑わせることもあり、「かわいいおじいちゃん」として親しまれていました。
誰よりも早起きで、着替えをして「おはよう」と食堂に出て来るも、シャツを後ろ前に着てしまったり、ある時はズボン下に腕を通して「これ着られないよ」と見せに来たりと真面目にしているけれど、思わず周りの人が笑ってしまう、そんな愛嬌のある方でした。
そして部屋にある奥様の写真と仏壇には毎朝手を合わせるとても信心深い方でした。
その後、Mさんは認知症が進行し、その奥様の写真や仏壇を壊してしまったり、大きな声を出すなどコミュニケーションも取りづらい状況が続いていました。
そして、介護認定は【要介護3】となり、特別養護老人ホームへ入居することになったのです。
入居は、私の夜勤勤務の次の日に決まっていました。
入居が決まってからは、ご親族の妹さんご夫妻は、荷物を少しずつ処分したり、持ち帰ったりしていました。Mさんは、しばらく前から部屋の荷物が少なくなっていくことに気付いているようでした。
そして夜勤の巡回で部屋を訪ねると、起き上がったまま私の方を見ていました。
「Mさん、どうしたんですか?夜中ですよ」と声を掛けると、「なんで何にもなくなったんだ、お前が売り飛ばしたのか!悪い女だな」そう言ってMさんは立ち上がり、私に詰め寄りました。
「取り返してこい、早く行って来いよ!」私は話の意味がわからず、「Mさん、どうしたんですか?」と尋ねました。いつもとは全く違う様子に戸惑いました。
「お前が悪いことをしたんだ。ここにあったものを返せ!」「妹さんが持って帰りました。本当です。明日、特別養護老人ホームへ入居するんですよ」私は必死に説明しました。
「嘘をつくな、そんなはずないだろ!ここは俺の家だ」そう言うと、恐怖で立ち尽くしている私に向かって、「取りに行ってこい!」と怒鳴り、私の肩を押してきたのです。
その押された勢いでしりもちをついた私は、必死に部屋の外へ逃げ出し、しばらくドアの外で様子をうかがっていました。
タンスを開け閉めする音、クローゼットの扉が閉まる音、部屋の中を歩く足音が聞こえてきます。私は震えと動悸が止まらず、動くこともできないまま、その場に座り込んでいました。
―――怖かった。
しばらくすると、Mさんの部屋から物音は聞こえなくなりました。恐る恐る部屋の中をのぞくと、先ほどまでの興奮した様子はなく、何事もなかったかのようにベッドに横になっています。
私はその場を離れ、内線電話でほかのフロアの職員に連絡を取りました。
事情を説明すると、すぐに上の階から職員が駆けつけてくれました。
「大丈夫だった?」その言葉を聞いて、思わず涙が出ました。
その様子を見た職員に「ここはしばらく私が様子を見ているから、下の階の見守りしていて」と言われ2時間ほどその場を離れました。
その2時間で、徐々に気持ちがもとに戻っていきました。怖くてぎゅっと握った手は汗ばんでいました。それだけ私は怖いと思っていたんだと改めて感じました。そして、なぜMさんはあんなにも興奮してしまったのだろうと、考えました。
ーー数日前から入居の準備で妹さんが荷物を持ち帰っていた。
きっとタンスを開けた時に何かが違うと感じたのかもしれないーー
少し気持ちが落ち着いた頃、私は妹さんから聞いた話を思い出しました。
大工職人をしていた頃、自営業だったMさんは資金繰りが厳しくなり、奥さんは自分の着物や洋服などを質に入れて何とかやりくりをしていたこともあったようです。
その話を思い出した時、部屋のものがなくなることは、Mさんにとって大切なものを手放した過去と重なったのかもしれません。
がらんとした部屋を見て、その頃のことを思い出したのでしょうか。
そう思うと大きな声や怒りの意味が理解できるような気になりました。
そして朝になり、いつも通りMさんの着替えを手伝いました。
Mさんは夜中の出来事を全く覚えていませんでした。
そして迎えの車が来て、この施設を去る時が来ました。
あのクールダウンの時間が私を冷静にさせてくれたからこそ、最後に「元気でね」と笑顔で送り出すことができました。
感情に流されず、一度立ち止まる時間があったことが、そのまま良い関係を守ることにつながったのだと思います。
クールダウンで立て直す
- その場で判断せず、一度立ち止まる
- 高ぶった感情は時間を置いて整える
- 深呼吸や移動で気持ちを切り替える
- 落ち着いてから事実と感情を分ける
- 関係を守るための大切な調整時間
この記事は介護福祉士に監修されています
介護福祉士
青木 いづみ
母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。

