介護を本音で話そう「思わず泣いてしまいそうなとき」

介護を本音で話そう・家族編

「思わず泣いてしまいそうなとき」

介護で違う“限界の出方”

「女性は泣き、男性は黙る?」

介護をしている人の話を聞いていると、同じ「限界」に近づいていても、そのあらわれ方には違いがあると感じることがあります。

ある人は涙が止まらなくなる。

ある人は急に怒りっぽくなる。

そしてある人は、何も言わなくなる。

介護では「感情労働」という言葉が使われますが、日々の生活の中では感情を抑え続ける場面がとても多くあります。

本当は疲れている。

本当は逃げたい。

本当は誰かに助けてほしい。

それでも、「家族だから」「自分がやらなければ」「弱音を吐いてはいけない」と思いながら、日々を支えている家族は少なくありません。

その我慢の積み重ねが、ある日突然、涙や怒り、無気力としてあふれ出すことがあります。

これは介護に限ったことではありませんが、「超高齢社会」である日本では、こうした問題が増えつつあります。

介護相談の現場で見える「涙というサイン」

介護相談の現場で、こんなケースがありました。

50代の女性が認知症の母親について相談に来ました。席に座るとすぐに、うつむきながら「最近、母に優しくできなくなってしまって……」と話し始めました。

最初は落ち着いていましたが、介護の話になると次第に言葉があふれ出します。

「何度説明しても同じことを聞かれるんです」

「夜中も起こされて…」

「仕事から帰っても休めなくて…」と介護の大変さを語り始めました。

そしてそのうちに声が震え、最後には「本当はもっと優しくしたいのに、きつい言葉になってしまう」と言って涙を流しました。

眠れない日々と、突然こぼれた涙

またほかの女性はこんな話をしていました。

父親が夜中に何度も起き、そのたびに起こされ対応しています。「トイレはどこだ?」説明をしてもわからないので、起きて付き添います。
用を済ませ寝付いたところでまた「なぁトイレに行きたい、トイレどこだ」と起こされる、そしてトイレまで付き添う。そのような状態が続いていました。仕事もあるため、慢性的な睡眠不足でした。

そんな生活が続いている、ある朝のことです。
父親が同じことを何度も聞いてきた時、思わず強い口調で「さっき言ったでしょ!」と言ってしまいました。

その瞬間、父親は小さく「ごめんな…」とつぶやいたそうです。

その瞬間、女性は自分を責める気持ちでいっぱいになり、張りつめていた糸がぷっつりと切れたように父親に見つからないところで声を殺して泣いたと言います。

「怒りたかったわけではない」、「本当は大切にしたい」、「優しくしたい」それでも、余裕がなくなってしまう。

そして、自分が発した言葉に後悔し、涙を流してしまうのです。

女性介護者に多い「涙の限界サイン」

女性の介護者には、涙として限界のサインが出ることが少なくありません。

時には怒りや焦燥感、切羽詰まった思いなど感情があふれて涙になることもあります。

「もっと優しくしたいのにできない」

「つい、きつい言葉を掛けてしまった」

という後悔や、「理由は分からないけれど涙が出る」といった形で、限界のサインが現れる場合も多いようです。

女性介護者が抱え込みやすい構造

特に娘や妻など女性介護者は、相手の感情を優先し、自分の感情を後回しにしやすい傾向があります。

「本人の不安を受け止める」「機嫌を気にする」
「傷つけないように言葉を選ぶ」

一方で自分には

「優しくしなければいけない」「支えなければいけない」
「自分がやらなければいけない」

という思いを抱え込みます。

つまり女性介護者は、“感情を重視する介護”をしていることが多いのです。だからこそ、限界が近づくと、涙として感情があふれやすくなるのです。

そして、感情を重視する介護は、自分の感情のズレに苦しむ人も少なくありません。

「優しくできない私は冷たい」
「親の介護だからわかっているのにイライラする私が悪い」
などと「理想の自分」と「現実の自分」を比べて自分を責めてしまう事もあります。

このように、女性は感情を重視しながら介護をする傾向があるため、苦しさを抱え込んでしまうことがあります。
そして、その感情があふれた時に、思わず泣いてしまうのです。

男性介護者に多い「黙る限界」

一方で、男性介護者は別の形で限界が現れることがあります。

弱音を吐かない
人に頼らない
一人で抱え込む

ある70代男性は、妻の介護を続けていました。

当たり前のように食事も作る、掃除もする、通院も付き添う。

周囲からは、「本当に頑張っているご主人ですね」と言われていました。本人も、「まあ、やるしかないから」と話していました。

けれど娘は、少しずつ父の変化に気づきます。

まず、笑顔が減り、必要以外は外出しなくなりました。テレビもぼんやり見るだけで、楽しそうな様子がない。そして何より、会話が減っていったのです。

以前は、冗談を言って家族を和ませるのが得意で、人の輪の中心にいるような人でした。
しかし最近は、何を聞いても「別に」「大丈夫」としか言わない。

娘はある日、思い切って聞きました。
「お父さん、本当に大丈夫?」
すると男性は、しばらく黙り込んだあと、

「……正直、しんどい」とだけ口にしたそうです。
その瞬間、娘は初めて、「父も介護に限界を感じていたんだ」と気づいたと言います。

見えにくい限界と、突然の変化

男性の介護者は、感情を外に出す前に「閉じ込める」ことがあります。

「弱音を吐いてはいけない」、「男だからしっかりしなければ」そう考える世代ほど、人に頼ることに強い抵抗感があります。

だから限界に近づいても、「まだ大丈夫」「自分がやるしかない」と言い続けてしまう。

誰にも相談せず、人の手も借りずに介護を続け、弱音を吐くころには、すでに限界に近づいていることも少なくありません。

一方で、周囲には「頑張っている人」に見えてしまうことで、「まだ大丈夫なんだな」と思われてしまうのです。

実際には、怒りっぽくなる、無口になる、表情がなくなる、趣味をしようとしない、外出しなくなるという形で、少しずつ限界のサインが出ています。

そして、感情のブレーキが利かなくなり、大きな声を出すなど、感情が外に向かって現れる場合もあります。こうした“外向き状態”では、周囲から「いきなり変わってしまった」「いつもと態度が違う」と思われることがあります。

気づいた時には、「介護うつ」や「極端な孤立」、「心身の不調」につながっていることも少なくありません。これは、感情を抑え込む“内向き状態”の結果であることが多いです。

抑え込みが強いほど、その反動は大きく、なかには言葉だけではなく、思わず手が出てしまうということもあります。この状態がエスカレートすると、虐待につながってしまいます。

性別ではなく「限界の形」が違うだけ

もちろん、女性でも黙って抱え込む人はいますし、男性でも涙を流す人はいます。実際、ケアマネージャーとの面談で、突然泣き出す男性介護者も珍しくありません。

今までずっと気を張っていた人ほど、「大変でしたね」と声を掛けられた瞬間、張りつめていたものが切れてしまうことがあるのです。

それほど介護では、“感情を抑え続けている”のです。

介護では、「まだ大丈夫」と無理を続けてしまうことがあります。
真面目で責任感が強い人ほど、「まだやれる」「自分がやらなければ」と抱え込んでしまうのです。

介護では、

「最近ずっとイライラする」
「優しくできなくなった」
「何も感じない」「涙が止まらない」

そんな変化が起きることがあります。

けれど本当は、「泣くこと」「怒ること」「黙り込むこと」「何も感じなくなること」は、“限界に近づいているサイン”なのかもしれません。

でもそれは、愛情がなくなったからではありません。むしろ、気持ちがあるからこそ長く頑張りすぎた結果なのです。

限界のサインに気づくこと

  • イライラが増える
  • 優しくできない
  • 何も感じない
  • 涙が止まらない

これらは、気持ちがなくなったのではなく、頑張りすぎた結果です。

介護は一人で抱え込まないためのもの

  • 少し距離をとる
  • 誰かに頼る
  • サービスを使う
  • 弱音を吐く

それは「逃げ」ではなく、続けるための方法です。

まとめ

――「女性は泣き、男性は黙る」傾向はありますが、心の中や思いなど奥にあるものは実は同じものなのかもしれません。

それは「もう一人では抱えきれない」という心の悲鳴なのだと思います。

それは決して“逃げ”ではありません。

むしろ、介護を壊さず続けるための調整なのです。介護は、気合いだけでは続きません。頑張るだけでは、乗り切れないことがあります。

だからこそ、壊れる前に、誰かに頼っていいのです。
そのことを、もっと普通に言える社会になってほしいと思います。

次回は、「介護は優しいだけでは続けられない、我慢の糸が切れた日」その実録をご紹介します。

この記事は介護福祉士に監修されています

介護福祉士
青木 いづみ

母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。