介護を本音で話そう・家族編
【実録】家族介護を、どう乗り越えたのか?
家族だからうまくいく――そう思われがちな介護ですが、現実はそう単純ではありません。今回は、家族介護の中で起きた“実録”をご紹介します。
実録:「ある夫婦と娘の気づき」
当事者は真面目に向き合っているつもりが、気づけばどうしていいか分からなくなっていた――そんなご夫妻のケースです。
家族介護は「ハリネズミのジレンマ」
「なんで、こんな簡単なことができないんだ」
思わず口にしてしまったあと、Bさんはしばらく黙り込みました。
相手は妻のA子さんです。長年一緒に暮らしてきた、何でも分かり合っているはずの存在でした。妻に変化が出始めたのは、ここ1~2年のことでした。
同じ話を何度も繰り返す。
料理が作れなくなっている。
買い物に行っても、必要なものを買ってこられない。
「年齢のせいだろう」と思っていました。しかし受診の結果は認知症。
その頃から、Bさんの中で「自分がやらなければいけない」そう思い、食事の準備、金銭管理など、これまで妻のA子さんがやっていたことを、担うようになっていきました。
最初は、一生懸命に支えていました。だんだん自分の思ったようにうまくはいかなくなりました。「言っても伝わらない」、「言ったことと違うことをする」。そのうち、イライラが募り始め、自分でも自覚しながら、妻のA子さんに命令口調になったり、きつい言い方をしてしまうことが増えていきました。
ある日、別に暮らしている娘のC子さんが実家に立ち寄ったときのことです。
「これはここに置いて」
「それは違うだろう」
「ちゃんとやってくれよ」
その様子を見ていたC子さんは、父であるBさんの言い方に、少し驚きました。
「お母さんに、そんな言い方しなくてもいいじゃない。」
Bさんに話しかけると、Bさんは少し強い口調で返しました。
「言わないと危ないんだ。お前は毎日見てないから分からないだろ」
その言葉と、いつになく苛立つBさんにC子さんは何も言えなくなりました。確かに、毎日見ているのは父。大変さも、分かっているつもりでも分かりきれていない。
しかし同時に、どこか違和感を感じました。そして、昔読んだ本の言葉が思い浮かびました。
そして別の日、この日もC子さんが二人の様子を見に来ていました。食事の準備中に親夫婦のある出来事を目にしました。
「危ないから触るなって言っただろ」Bさんの強い口調で言ったあと、妻は目に涙を浮かべ、つぶやきました。
「そんなに怒らないでよ・・・こわい」「私は何もできないごめんなさい」そう言った瞬間、A子さんは涙をこぼしました。その場にいたC子さんは、かばう様に、妻のA子さんに寄り添い「お母さん怖がって泣いているわよ、なんでお母さんにきつく当たるの?」と言いました。
Bさんは、その様子を見て、心の中は複雑になりました。
自分は妻を、守ろうとしているだけだ。危険がないように、困らないように。きつく言わなければわからないから言っただけだ。
でも妻は自分のことを「こわい人」と思い、自分は「私は何もできない」と感じている。
――「どう接すればいいのか分からない」――
それからというもの、家の中の空気はぎこちなくなりました。会話は減り、気が付けば食事も無言で食べている。心なしか、妻が自分との間に壁を作っているような気がする。一緒にいるのに、どこか距離がある。
Bさんは次第に、その関係に不安を抱き、強い疲れを感じるようになっていきました。だんだんと接し方が分からなくなり、とうとうC子さんに心の内を打ち明けたのです。
C子さんは「お父さん、『ハリネズミのジレンマ』って言葉聞いたことある?」と尋ねました。
「いや。」
「ハリネズミは体に針に覆われていて、自分を守るために針を出す。その状態でハリネズミ同士が近づくと針でお互いが痛いから近づきたいのに近づけない。だから距離を置く。今のお父さんたちも同じじゃないかな?」
「お父さんは危なくないように注意をする、でもお母さんはその言葉が怖い。良かれと思って言ったことが、反対に傷つけてしまう。
だからお互い近づけない。本当は昔みたいに仲良くしたいんだよね」
「う、うん」
「お父さんが全部抱えなくていいと思うよ。お母さんも今「私は何もできない」って思っているから、どうしたらお父さんの負担が減って、どうやったら、お母さんの自信が取り戻せるようになるか、まず介護の相談してみよう。」
そして面談の日。
これまでの状況を一通り話したあと、ケアマネージャーは静かに言いました。
「ご主人、頑張っていらっしゃいますね、よくひとりでここまで支えてこられましたね」
ケアマネジャーは続けて、
「でも、ご家族一人だけで抱える形だと、介護する方もされる方も辛くなってしまうんですよ。相手の為と思うことが、相手には伝わらない。言われた方は出来ないことで申し訳なく思う、そしてどう接していいかわからなくなることがあるんです。」
その言葉に、BさんもC子さんも思い当たることがありました。
思わずBさんはC子さんの顔をみてつぶやきました。
「ハリネズミのジレンマ・・・か。」
その言葉に、ケアマネジャーは一瞬首をかしげ、間をおいて微笑みました。
デイサービスという提案
そのあと提案されたのは、デイサービスの利用でした。
悩んだ顔のBさんに一緒にいた娘のC子さんは言いました。
「少しだけ介護をお任せしてみたら?お父さんも息抜きした方がいい」
その一言で、Bさんは自分が切羽詰まっていることを自覚し。デイサービスの利用を開始することを決めました。
そしてBさんは「これで本当に良かったんだろうか」と思いつつ、利用を始めて数日後にある変化に気付きます。
職員から、「今日、A子さんはレクリエーションにも参加されて、笑顔も多かったですよ」と伝えられました。
家ではあまり笑わなくなっていた妻が、外では笑っている。帰り道、妻はぽつりと話しました。「楽しかったよ」
久しぶりに聞いた「楽しかったよ」その一言に、Bさんは少しホッとしながらも、どこか複雑な気持ちにもなりました。
――自分といるときより、外のほうが穏やかに過ごせているのではないか――。
その後、ケアマネージャーの訪問があり、Bさんは心の内を伝えました。
「自分と居る時よりに外にいる方が、妻は居心地がいいんだろうか・・・自分は妻に嫌われてしまったんだろうか。」
「一緒に過ごすことが全ていいことではないんですよ、距離も必要です。『ハリネズミのジレンマ』よい例えですね。その例え通りで実は、少し離れている時間がある方が介護はうまくいくことが多いのです。真面目な方ほど、自分がやらなくてはいけないとひとりで抱えようとしてしまうんですよ」
「ですからご主人は全部かかえなくていいです。介護はプロに任せるところは任せていいんです。お互い気持ちに余裕がないから、お互いそっけなくしてしまう。近づきたいのに、近づけない・・・本当に家族介護とは『ハリネズミのジレンマ』ですね。
介護に限らず、人間関係自体に『ハリネズミのジレンマ』はあると思います。よい言葉を教えていただいてありがとうございました。なので、これから徐々にちょうどいい距離を見つけて、良い関係を長く続けて下さいね」
その言葉を聞いたとき、自分が取っていた行動が、結果としてお互いを苦しくしていたのかもしれないと感じ少しずつ、関わり方を変えていきました。
完璧にしなくていい、全部を抱え込まない、外の力を借りる。それは決して手放すことではなく、関係を守るための選択。
その後Bさんは不思議と妻に対して穏やかに接することができる時間が増えていきました。
そのうちに、デイサービスに通い始め、歌を歌うのが好きだったA子さんが、家にいる時にさりげなく、「デイサービスで歌ったの」と歌を歌い始めました。
Bさんは、「もう強がったりひとりでかかえてハリだらけの『ハリネズミ』はやめよう」と思いました。
そうすればまた、A子さんと近づき穏やかな生活に戻っていけると感じたのでした。
この記事は介護福祉士に監修されています
介護福祉士
青木 いづみ
母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。

