介護を本音で話そう・家族編・ 介護でショックだったこと ~いまどこ?いま日光~

介護を本音で話そう・家族編

「介護でショックだったこと~いまどこ?いま日光~」

介護をしていて、「ショックです」と思うことはたくさんあります。
時には「なんでこんなことになったの?」と感じるほどのショックもあります。

実録:父の認知症の進行を知った日

今回は、介護する家族にとって『大きなショック』となった実録をご紹介します。

「いまどこ?」「いま日光」――その時父は日光にいた

電話が鳴ったのは、夕方でした。パートから帰ったばかりの時間です。
見慣れない番号に少し迷いながら出ると、相手は警察だと名乗りました。

「お父さまのことでご連絡です」

その一言で、胸の奥がざわつきました。事故なのか、トラブルなのか――。

頭の中でいくつもの可能性がよぎります。「うちの父に何か!」

次に続いた言葉は、私の想像とは思いもよらぬ内容でした。

父はタクシーに乗り、横浜から日光まで来ているというのです。
日光――。どれだけ遠いんだ・・・しかもタクシーって本当なの?これ、新しい詐欺とかじゃ?

一瞬、信じられず聞き返してしまいました。

「本当に、父はそちらにいるのでしょうか?」

「はい、横にいますので変わりますね」

「あ、A子か、日光もずいぶん変わったな、迷子になってしまったよ」
「うん。昔の友達の家が分からなくなってしまってな、警察にいる」

まるで、散歩に出たような口ぶりなのが気になりました。

「友達に会いに行く」そんな遠くまで?朝は何も言っていなかった。どうして、誰にも言わずに一人で日光に向かったのか。

まだ信じられない気持ちが消えないまま、私は警察の担当者に「父は軽い認知症があります。タクシーの運転手さんはおかしいと思わなかったんでしょうか?」と尋ねました。

道中の父はとても落ち着いていて、「友人に会いに行く」と話しながら、昔このあたりに住んでいたことや日光のこともよく知っている様子でした。

受け答えも自然で、特に不自然な点も見られなかったため、途中で止める理由がなかったのだと説明を受けました。

その話を聞いたとき、私は静かな怖さを感じ思わず手が震えていました。

認知症があっても、外からは“普通に見えてしまう”ことがあるのだと実感しました。

まず父を迎えに行かなければならない――と思いました。

しかし、すでに夕方になっており、日光までは数時間かかります。迷っている時間はありませんでした。父をそのままにしておくことはできない――そう思い、私は急いで準備をして家を出ました。

なぜ、気づいて止めることができなかったのか。
それでも、この現実を「そんなはずない」と思う自分もいました。

そういえば、父はずっと宇都宮に住んでいました。母が他界した後、同居するために横浜へ呼び寄せたのです。私はふと、「父は自分が横浜に住んでいると理解しているのだろうか」と考えました。もし理解していないのだとしたら、認知症が進んでいるのではないか——そう思った瞬間、胸が締めつけられるようなショックを受けました。

警察署で会った父は、少し疲れていましたが、落ち着いていました。

「悪いなA子、来てくれたのか。自分で帰れると言ったんだが。」そう言って、どこか安心したように笑いました。

その姿は、いつもの父と何も変わらないようにも見えます。それが、余計に現実とのズレを感じさせました。

その後、タクシー会社に連絡をしました。料金は横浜に戻ってから支払うことになりましたが、金額を聞いたときは正直驚きました。横浜から日光まで――当然といえば当然です。

父は無事でした。それが何よりです。ですが、その金額は家計にとって大きなダメージでした。

主人に電話で話すと、ため息をつかれ、その反応がさらにショックでした。

父の財布には数千円しか入っておらず、連絡先になるものもほとんどありませんでしたが、たまたま入っていた1枚のデイサービスの名刺のおかげで、私に連絡がついたとのことです。

もし、その1枚がなかったら――。
そう考えたとき、「ゾッ」としました。ショックではなく怖さでした。

帰り道、父は静かに外を見つめながら、ぽつりと「いつもみたいに友達の家に出かけただけなんだけどな」とつぶやきました。

・・・え、いつの事言ってるの?・・・その言葉に「もう父は大丈夫ではないのかもしれない」という現実だけが、はっきりとそこにありました。

迎えに行き、支払いなどを終えて一段落したとき、『こんなにショックを受けるとは――』そう思いました。

父の認知症の進行、警察に保護されたこと、タクシー代――そのすべてがショックとして波のように押し寄せ、これからどうすべきかを真剣に考えなければならないと感じました。

これまでどこかで「父はまだ大丈夫、そこまでではない」と思っていましたが、現実はそれ以上に進んでいたのです。

この出来事は特別な話ではありません。ある日突然、誰の身にも起こり得る現実なのだと感じています。

この記事は介護福祉士に監修されています

介護福祉士
青木 いづみ

母親の認知症をきっかけに、サービス業から介護の道へ転身。サービス業で培ったコミュニケーション力と、介護職員や施設長としての知識や経験を活かし、入居相談員として家族が抱える悩みに寄り添っています。介護現場の視点、利用者目線、専門知識を基にした丁寧な相談を行っています。