評価に応じた賃金は、本当に職員のやる気と成長につながるのか1)
「頑張っている職員が報われる仕組みを」という思いで導入した評価制度が、現場ではうまく運用できていない──そうした経験を持つ経営者や管理者は、決して少なくないのではないでしょうか。
人事評価は、うまく機能すれば職員の動機づけと成長を促し、組織への信頼を高める力を持ちます。しかし現実には、「手間がかかるだけ」「形だけの手続き」と感じられているケースも見られます。なぜそうなるのでしょうか。
本コラムでは、介護現場における人事評価の意義や効果、運用の仕方などについて検討します。
1. 人事評価には、両立しにくい2つの目的がある
まず、人事評価は何のために行うのか、という点について整理しておきましょう。
企業が人事評価を行う目的は、大きく次の2つに分けられます2)。
図表1 人事評価の目
出典:江夏幾多郎・石山恒貴・服部泰宏編著(2025)『人材マネジメントの革新:理論を読み解くための事例集』千倉書房を参考に筆者作成。
第1の目的(報酬分配の透明性)を過度に重視すると、公正性や客観性の確保を優先するあまり、制度の厳密化に傾き、育成の視点が弱くなるおそれがあります。また、評価が賃金に響くとなると、評価者側に「悪い評価はつけにくい」という心理が働き、結果として無難な評価に偏りがちだという課題も指摘されます。
一方で、第2の目的(育成)のみを重視して運用すると、「やってもやらなくても賃金は変わらない」という悪平等の空気を生み、動機づけを損なうリスクもあります。
このように、人事評価には本質的に2つの目的があり、それぞれを追求する過程で制約やジレンマが生じます。さらに、経営者・管理者・従業員が人事評価を実施する意義や目的を十分に理解していないと、制度が形骸化する危険もつねにつきまといます。
昨今は、第2の目的、すなわち育成重視の企業が増えているとされています。しかし、いくら育成重視を掲げたとしても、運用上避けて通れないのが、「評価結果を賃金にどう反映させるか」という問題です。この難題をどのように考えればよいのでしょうか。
2. 賃金連動は本当に動機づけになるのか
まず、評価結果が賃金に連動することが、動機づけにつながるのかを考えてみましょう。
古典的な動機づけ理論(過程理論)の一つ、ブルームの「期待理論」では、「努力→成果→報酬」の連鎖が明確なほど動機づけが高まるとされます3)4)。具体的には、図表2のような連鎖です。つまり、「努力が成果につながる可能性が高く、その成果が自分にとって望ましい報酬につながる可能性が高い」と感じられるときに、人のモチベーションは高まるという考え方です。
図表2 期待理論が仮定するモチベーションプロセス
出典:Vroom, V. H.(1964). Work and Motivation. Wiley、および須田敏子(2018)『組織行動 理論と実践』NTT出版を参考に筆者作成。
これを踏まえると、評価を賃金に連動させ、努力を引き出そうとする考え方には一定の合理性があると言えそうです。
ただし、ここで留意が必要なのは、努力の結果得られる成果や報酬が本人にとって魅力的でなければ動機づけにはなりにくいという点です。良い評価を得ることや、それに応じた賃金差が、介護職員にとって努力を継続するに値する「魅力ある報酬」となっているか、慎重に検討する必要があります。
また、古典的な動機づけ理論(欲求理論)の一つ、ハーズバーグの「動機づけ・衛生理論」で考えると、賃金は「衛生要因」に分類されます。衛生要因とは、一定水準以下であれば不満を招くものの、一定水準を超えて高めても積極的な動機づけにはつながりにくい要因のことです(図表3)5)。
図表3 ハーズバーグの動機づけ・衛生理論
出典:Herzberg, F. (1966). Work and the Nature of Man. Cleveland: The World Publishing. (北野利信訳『仕事と人間性』東洋経済新報社, 1968)をもとに筆者作成。
加えて、内発的動機づけ理論では、金銭的報酬への注目が強まると、仕事自体のやりがいや自律性が損なわれる「アンダーマイニング効果」のリスクも指摘されています6)。やりがいを重視する介護職にとって、こうした点も視野に入れて考えることが必要です。
こうした理論を踏まえると、賃金と動機づけの関係は、比例的に上がる単純なものではなく、条件や限界があると考えるのが妥当でしょう。
3. 納得感を左右するのは、結果よりもプロセス
次に、評価・賃金の連動で重要となる「納得感」について考えてみましょう。納得感とは、人々が公正と感じ納得できるかどうかという主観的妥当性です。この点については、「組織公正性理論」7)。が参考になります。
公正さには次の4つの側面があります(図表4)。
図表4 組織公正性理論における4つの公正性
出典:Colquitt, J. A. et al.(2001). Justice at the millennium. Journal of Applied Psychology, 86(3), 425–445をもとに筆者作成。
評価結果を賃金に連動させることは、「結果の公正さ(分配的公正)」に応えようとする仕組みと言えます。ただし、主観的な評価指標を用いる以上、「厳密な分配的公正」には限界があります。えこひいきや中心化傾向(極端に高い、あるいは低い評価を避ける傾向)などのバイアスは避けにくいところがあります8)。また、評価結果をどのように賃金に反映させるかという点についても、機械的にはいかないのが実情ではないでしょうか。
一方、注目すべきはそれ以外の3つの公正(手続き的公正・対人的公正・情報的公正)の影響の大きさです。研究の結果、これら3つの公正は、組織へのコミットメントや個人のパフォーマンスを高め、自発的な貢献行動を強化することがわかっています7)。
つまり、職員の納得感を高めるためには、「結果の公正さ」を追求するよりも、「丁寧なプロセス」、例えば、評価基準の丁寧な説明、成長を支援するフィードバック、職員を大切にする姿勢などが重要だと言えるでしょう。
4. 「安定」と「連動」を両立させる現場の工夫
介護サービスは本質的に成果が測りにくいこと、チームケアが基本であること、仕事のやりがいといった内発的動機づけが重要であること、などの前提を踏まえると、賃金に大きな差をつける施策は慎重に検討する必要があります。
こうした理論的リスクを踏まえつつ、人材定着率の良い法人では工夫が見られます。
| 社会福祉法人Aの場合 | 月例賃金は等級ごとに一律昇給とし、賞与で評価に応じた差をつけています。賞与はもともと変動するものとして受け止められているため、差が受け入れられやすいという特徴があります。(変動給部分の限定) |
| 民間営利法人Bの場合 | 月例賃金も賞与も等級ごとに一律としつつ、評価の蓄積を昇進・昇格に結びつけています。等級を多段階に設計することで昇格機会を確保し、長期的に優秀な人材の処遇が高まる仕組みです。(短期成果への偏重の回避) |
どちらも「生活給としての安定性」と「評価と処遇の連動」を両立させた設計です。正解は一つではありません。自組織の実態と理論上のリスクを照らし合わせながら、試行錯誤することが大切です。
5. 評価面談を「査定」から「成長を確認する場」へ
介護分野の実証研究では、人事評価と賃金の連動の効果について、一貫した知見は得られていません。なぜでしょうか。
筆者は、効果を左右しているのは「制度の有無」ではなく、これまで述べてきたような「運用の質」なのではないかと考えています。
例えば、以下のような対応が有効だと考えられます。
- 評価基準の解釈について、職員に丁寧に説明する
- チームや個人の目標について、チームで十分に話し合う
- 期中および期末に、振り返りとフィードバックの面談を丁寧に行う
- 定期面談の他に、短時間の1on1ミーティングで状況を確認する
このように、期初の目標設定から期末の振り返りまでを一連の「対話の機会」として捉えることで、評価は「査定」から「成長の確認」へと変わっていきます(図表5)。
図表5 「対話」を軸にした評価プロセス
出典:筆者作成。
人事評価に完璧な制度はありません。大切なのは、「一定の合理性があり、当事者がある程度納得できる状態」を目指して、継続的に改善し続けることではないでしょうか。
評価の場が、管理者と職員がともに成長を語り合う時間になったとき、制度は初めて職場に根づくのだと思います。
≪注・引用参考文献≫
1) 本コラムは、菅野雅子(2026)『「辞めない」「育つ」介護の職場づくり―データ・理論・現場のケースで導く人材マネジメント実践ガイド』三恵社の一部を要約・再構成したものです。詳細は同書をご参照ください。
2) 江夏幾多郎・石山恒貴・服部泰宏編著(2025)『人材マネジメントの革新:理論を読み解くための事例集』千倉書房.
3) Vroom, V. H.(1964). Work and Motivation. Wiley.
4) 須田敏子(2018)『組織行動 理論と実践』NTT出版
5) Herzberg, F. (1966). Work and the Nature of Man. Cleveland: The World Publishing. (北野利信訳『仕事と人間性』東洋経済新報社, 1968).
6) Deci, E. L.(1971). Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation. Journal of Personality and Social Psychology, 18(1), 105–115.
7) Colquitt, J. A. et al.(2001). Justice at the millennium. Journal of Applied Psychology, 86(3), 425–445.
8) 大湾秀雄(2011)「評価制度の経済学」『日本労働研究雑誌』617, 6–21.
この記事の執筆者
茨城キリスト教大学
経営学部准教授
菅野 雅子
茨城キリスト教大学経営学部准教授。博士(政策学)、MBA(経営管理修士)。人事労務系シンクタンク等を経て現職。公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査検討委員会」委員。
著書に『福祉サービスの組織と経営』(共著)中央法規出版(2021年)、『介護人材マネジメントの理論と実践』(単著)法政大学出版局(2020年)など。

