消費税と介護の見えない負担
「社会保障の財源」と言われる税の仕組みと、現場への影響
消費税はなぜ生まれたのか
消費税が日本に導入されたのは1989年(平成元年)のことです。当時の日本の税収は、所得税と法人税という二本柱に大きく頼っており、好景気のときは税収が増え、不況になると一気に落ち込むという不安定な構造を抱えていました。その弱点を補うために考え出されたのが、消費という行為そのものに広く薄く課税する仕組みです。食べること、買い物をすること、サービスを受けること、そうした日々の経済活動は好不況に関係なく続くため、税収も比較的安定します。財務省が消費税を「社会保障の安定財源」と呼ぶのは、この性質を指しています。
ただし、最初から「社会保障専用の税」だったわけではありません。1999年度予算において、消費税収の一部を年金・医療・介護に充てることが初めて明記されました(1)(2)(3)(4)。さらに2012年、民主・自民・公明の三党合意のもと「社会保障と税の一体改革」関連法が成立し、消費税法第1条第2項に「年金・医療・介護・少子化対策の4分野にのみ充てる」と明記されました。ここで初めて、消費税は法律上の目的税として確立されたのです。つまり、社会保障のための税という位置づけは、導入当初から決まっていたものではなく、約四半世紀かけて形成されてきたものです(5)。
消費税の仕組みを正しく理解する
消費税はフランスが1954年に生み出した「付加価値税(VAT)」の仕組みを採用しています。この仕組みには、一般的なイメージとは少し異なる特徴があります(6)。
ふつう私たちは、消費税は「消費者がお店に預けるもの」と考えがちです。しかし実際に商品が消費者の手元に届くまでには、複数の事業者が関わっています。たとえば食材を業者から仕入れて料理を作るレストランは、業者に支払う消費税(仕入税額)を、お客から受け取った消費税から差し引いて、差額だけを国に納めます。この「差し引き」を仕入税額控除と呼びます。それぞれの段階で付加された価値に対してのみ税が課される、非常に精巧な仕組みです。
その一方で、輸出については消費税を課しません。日本で消費されない商品に日本の消費税をかけるのは筋が通らないためです。それどころか、輸出事業者は海外向けの商品を製造する過程で仕入れた際に支払った消費税の還付を受けることができます。ですから輸出比率の高い大企業にとっては、毎年多額の還付が発生する構造となっています。この点については、ドナルド・トランプ米国大統領が関税交渉の中で「アメリカに輸出しているものには、還付という名目で実質的な補助金を出している」と批判したことで話題になりました。アメリカで消費税といえば、カリフォルニア州などで採用されている売上税(Sales Tax)であり、最終消費者が小売店で支払う段階にのみ課税し、仕入れ時の還付という概念がありません。仕組みは日本の消費税よりもシンプルですが、途中の流通過程に税の調整機能がないという違いがあります。
また、法人税は企業の「利益」に対して課される税ですが、消費税は利益の有無に関係なく、売上や仕入れの取引に基づいて発生します。赤字でも消費税の申告納付義務は生じます。実務の現場で消費税が「第二法人税」と呼ばれるのはこのためで、特に利益率が低い業種や価格転嫁が難しい分野では、経営を直撃する税となります。
介護事業者だけが背負う「見えない税負担」
介護サービスは、消費税法の規定により原則として非課税とされています。利用者にとっては、訪問介護も通所介護も、消費税がかからない形で提供されます。これは福祉的な観点から、利用者の負担を増やさないための措置です。
しかしここに、介護事業者にとって非常に不都合な構造が生まれます。事業を運営するためには、食材費、消耗品費(おむつ・手袋など)、設備の修繕費、電気代、業務委託費など、さまざまなコストが発生します。これらを購入・発注する際には、仕入れ先に消費税を支払っています。通常の課税事業者であれば、この支払った消費税を「仕入税額控除」として差し引き、国への納付額を減らすことができます。
ところが介護事業者は、売上がほぼ非課税です。この場合、支払った消費税を控除することができません。払いっぱなしになり「控除対象外消費税」として経費として扱われるのです。単なるコスト増ではなく、戻ってきても良いはずの税が戻らないという、制度上の構造的な問題です。
補填はされているが、現場の実態とはズレがある
この問題に対し、厚生労働省は介護報酬(事業者への公定価格)の中に消費税相当分を上乗せして補填するという方法を採用しています。2014年に税率が5%から8%に引き上げられた際には介護報酬全体で0.63%のプラス改定が(7)、2019年に8%から10%に引き上げられた際には0.39%のプラス改定が行われました(8)。
ただし、この補填には構造上いくつかの課題があります。
まず、補填率の算定方法の問題です。補填の根拠となる「課税経費割合」は、介護事業者全体の平均的な費用構造をもとに計算されています。ここでポイントとなるのが、人件費の扱いです。給与など人件費は消費税の課税対象ではないため、この計算から除外されます。その結果、課税経費割合は小さめに算出されます。しかし実際の介護現場では、慢性的な人手不足により賃上げ競争が起きており、人件費は年々上昇しています。平均値で設定された補填率が、個々の事業所の実態を反映しているとは言えません。
次に、稼働率(利用率)の問題です。介護報酬は、サービスを利用した回数や日数に応じて算定されます。つまり、補填分を報酬として受け取るためには、実際に利用者にサービスを提供していなければなりません。しかし消費税は、空床(利用者がいない状態)であっても、利用者が少なくても、施設の設備を維持している限り、仕入れや維持費にかかる消費税負担は発生し続けます。稼働率が低い時期には、補填が機能せず、消費税負担だけが残ることになります。
さらに、時間的なズレの問題もあります。設備の大規模更新や物価の急激な上昇が重なった場合、現場が負担する消費税は一時的に大きくなります。しかし報酬の改定は3年ごとであり、その時間差の間の負担は制度上カバーされません。
「社会保障のための税」の光と影
消費税は、高齢化により増大し続ける年金・医療・介護の財源として、制度的には整合的な位置づけを持っています。景気に左右されにくい安定財源として、今や消費税収は2024年度に約25兆円に達し、所得税を上回る日本最大の基幹税となっています(9)。
その一方で、消費税の影響は業種や立場によって大きく異なります。社会保障のための税と定めながら、輸出企業には還付として機能し、介護事業者には控除できない負担として残る。補填の仕組みはありますが、それは平均値と稼働率に依存しており、現場の実態に完全に一致するものではありません。
消費税を「社会保障のための税」という言葉だけで理解していると、見えなくなるものがあります。制度が設計された目的と、現場での影響の間にあるズレを正確に認識することが、介護経営を考える上での重要な出発点となるのではないでしょうか。
≪参照資料≫
- (1) 厚生労働省「社会保障と税の一体改革」パンフレット(2012年)
- (2) 内閣官房「社会保障と税の一体改革」(内閣官房公式サイト)
- (3) 消費税法第1条第2項(2012年税制抜本改革法による改正)
- (4) 社会保障制度改革推進法第2条第4号
- (5) 知原信良「消費税と社会保障目的税化」(『杏林社会科学研究』第33巻第3号、2017年)
- (6) AGS税理士法人「消費税とはどのような税金か」(2026年3月)
- (7) 社会保障審議会 介護給付費分科会 第168回資料(2019年2月13日)
- (8) 厚生労働省老健局「2019年度介護報酬改定について」(消費税対応 0.39%増)
- (9) 財務省「一般会計税収の推移」
この記事の執筆者
江頭 瑞穗
神奈川県出身 1987年設立の 学校法人国際学園 横浜国際福祉専門学校にて、介護福祉士、社会福祉士、社会福祉主事(任用)、保育士、幼稚園教諭などの養成を行う学科、コースの設立を主導し、事務長、事務局長を経て1991年理事長に就任。1995年同職を辞し、学校法人、社会福祉法人のコンサルタント業務を開業。
翌1996年 株式会社日本アメニティライフ協会を設立し、グループホームケアの実践を行うと共に、神奈川県、東京都に限定した介護事業を展開。現在、子会社にて日本語学校を経営するとともに、社会福祉法人理事として特別養護老人ホーム、老人保健施設、また医療法人理事としてクリニックの経営に携っている。

