キャリアパスの方針をどう考えるべきか?(後編)

キャリアパスの方針をどう考えるべきか?(後編)

前回のコラムでは、キャリアパス制度の基盤となる等級制度について、その種類と特徴、メリット・デメリットについて解説しました。今回は引き続き、どのような制度設計が介護組織に適合するのかについて検討していきます。

1. 介護組織の等級制度――10数年前の実態

現状の介護組織ではどのような等級制度が導入されているのでしょうか。残念ながら、詳細な制度設計にまで踏み込んだ調査データは乏しいのが実情です。そこで、やや古いデータにはなりますが、筆者も参画した2012年と2013年の介護労働安定センターの調査から、その傾向を確認してみましょう。

「そんな古いデータを見ても……」と思われるかも知れません。しかし、人事制度は「経路依存性」といって、歴史的に形成された習慣や仕組みが変わりにくいという側面があります。そのため、10年以上前の傾向を紐解くことには十分な意味があるのです。

まず2012年に公表された30法人を対象にした事例調査1)では、「職能資格制度」「役割等級制度」など、明確に定義づけて等級を設定している法人はわずか2法人にとどまりました。大半の法人が、等級基準や任用要件などを明示していないことが報告されています。

続いて、2013年に公表された定量的な調査結果2)を見てみましょう。こちらには等級制度そのものを問う設問はありませんが、「定期昇給の決定要素」を尋ねた回答結果から、その傾向を見ていきます(図表1)。

図表1 昇給額に反映される要素(一般職/管理職)(複数回答%)

一般職 1 人事評価の結果 53.6
2 所属組織(事業所、サービス部門等)の収支状況 46.3
3 役職・役割 37.9
4 勤続年数 35.9
5 出勤率 22.6
6 年齢 8.7
管理職 1 所属組織(事業所、サービス部門等)の収支状況 48.9
2 人事評価の結果 48.8
3 役職・役割 45.9
4 勤続年数 30.1
5 出勤率 16.9
6 年齢 7.6

出典:介護労働安定センター(2013)『平成24年度介護労働実態調査(特別調査):介護事業所における賃金制度等実態調査結果報告書』をもとに筆者作成。注:定期昇給を実施している法人に尋ねた設問(n=1,139)。

一般職では「人事評価の結果」(53.6%)が最も高く、次いで「所属組織の収支状況」(46.3%)、「役職・役割」(37.9%)と続きます。管理職では「所属組織の収支状況」(48.9%)と「人事評価の結果」(48.8%)が同程度に高く、次いで「役職・役割」(45.9%)となっています。

ここで注目すべきは、一般職・管理職ともに「人事評価の結果」が重視されている点、そして「勤続年数」がある程度重視される一方で、「年齢」はほとんど考慮されていない点です。また、同調査で人事評価の基準の明文化の有無を確認すると、「明文化されている」との回答は34.1%にとどまっています。

この結果は何を示唆しているのでしょうか。多くの介護組織では、「能力・働きぶり」や「勤続年数」といった「人」に紐づく要素を重視しつつも、明確な基準を持たないまま「経営者の頭のなか」で総合的に評価し、昇給を決めている実態がうかがえます。介護業界は中小規模の法人が多いため、経営者にとって制度化の必要性や動機づけがそれほど大きくないものと考えられます。

そしてこれは、前回のコラムで解説した3つの等級制度の類型のうち、「人基準」の能力主義的な運用に近いと言えるでしょう。

2. 近年の特徴――「能力等級」と「役割等級」の組合せ

では、最近の傾向はどうなのでしょうか。サンプル数は限られていますが、2021年に筆者が社会福祉法人を対象に行ったインタビュー調査3)では、5法人中4法人が一般職に「能力等級」、役職者(主任・係長以上)に「役割等級」を設けていました。図表2は、その一例です。

図表2を見ると、一般職はグレード1~3の3段階の等級があり、「初級」→「中級」→「上級」と能力の伸長に伴って昇格していきます。一方、役職者もグレード4~6の3段階の等級がありますが、こちらは「指導職」「管理職」「経営職」といった役割に応じた階段となっています。
つまり、一般職の間は能力の伸長に応じて昇格し、役職者になると担う役割の大きさで処遇が決まるという二層構造になっているのです。

図表2 社会福祉法人の等級制度(例)

出典:菅野雅子(2022)「高齢者介護事業における介護職員のキャリア管理:市場志向と組織志向に着目して」『茨城キリスト教大学紀要』56(Ⅱ), 157-172 を参考に筆者作成。

3. 「うまく運用できない」という現場の悩み

しかし、制度としての形は整っていても、運用面には課題があることもうかがえました。インタビュー3)の中で、こうした等級制度の効果と課題をお聞きすると、「昇進を目指す人には一定の動機づけ効果がある」としながらも、次のような運用上の悩みが語られました。

「ポストが限られているため、昇進が頭打ちになってしまいます。本来、制度上は昇進しないと賃金が上がらない仕組みなのですが、それではモチベーションの低下が懸念されます。結局、制度どおりにドライに運用できず、等級の上限金額を超えて昇給させたり、役職に就かなくても等級を上げたりと、個別対応の運用になってしまいます」

このように、役職者に役割等級制度を導入していても、現実にはポスト不足やモチベーション維持への配慮から、制度どおりの運用がしにくく、基準が曖昧な「人基準(人を見て個別に運用)」に戻ってしまう実態がうかがえます。

もちろん、現場の状況に合わせた柔軟な運用自体は、決して悪いことではありません。しかし、「なぜあの人は等級が上がったのか」を周囲に説明できない状態が続けば、職員の納得感は損なわれ、制度そのものへの信頼が揺らぎます。

柔軟性と透明性のバランスを保つためには、特例的に等級を上げる場合であっても、「どのような役割を新たに担うのか(あるいは期待するのか)」を言語化し、本人や周囲に説明できる状態にしておくことが求められます。

4. 「役割創造」へのマインドチェンジ

筆者は、「一般職には能力等級、役職者には役割等級」という制度設計自体は妥当であると考えます。キャリアの初期段階では、能力主義によって必要な知識・スキル習得を促し、熟練していく後押しが必要です。
しかし、一定の知識・スキルを身につけた後、さらに賃金水準を上げていくためには、単なる習熟を超えた「新たな役割を担う」という発想への転換が求められます。

ここで重要なのは、「役職に就くことだけが役割ではない」という視点です。
介護現場では、個人の強みやキャリアニーズに応じて、新たな役割を柔軟に形作る「役割創造」が可能ではないでしょうか。例えば、認知症ケア、医療的ケア、相談業務、地域包括ケアといった専門領域において、担当範囲を広げたり深めたりすることが考えられます。また、後輩の指導・教育やスーパーバイズに特化した役割も、組織にとって重要な貢献です。

「長く働いていれば賃金は上がっていくのが当たり前」という従来型の暗黙の了解を見直し、「役割が変われば賃金も変わる」という考え方へと、経営側・職員双方がマインドチェンジを図る必要があるのではないでしょうか。

そのためには、職員一人ひとりが自らのキャリア形成に主体性を持てるような働きかけが求められます。具体的には、資格取得へのインセンティブ強化、社内公募制度や自己申告制度の活用、キャリア面談の充実などを通じて、一人ひとりがどのような働き方・キャリアを目指したいのかを丁寧に確認し、その実現を支援することが重要です。

等級制度は、組織が職員にどのような成長を期待し、どのような価値を共に創り上げていきたいかを示す「メッセージ」そのものです。

既存のモデルを形式的に導入するのではなく、組織のビジョンと職員一人ひとりの多様なキャリアニーズを丁寧に擦り合わせながら、血の通った運用を目指したいものです。こうした地道なプロセスが、働く人にとっても組織にとっても、新たな価値を創り出すための土台となるでしょう。

注・引用参考文献:

1) 介護労働安定センター(2012)『平成23年度介護労働実態調査(特別調査):介護事業所における賃金制度等実態調査結果報告書』. 対象は30法人(民間法人13、社会福祉法人12、医療法人5)。

2) 介護労働安定センター(2013)『平成24年度介護労働実態調査(特別調査):介護事業所における賃金制度等実態調査結果報告書』. 対象は全国の介護事業者(法人)から5,500に配布、有効回収数2,372(有効回収率43.8%)。

3) 菅野雅子(2022)「高齢者介護事業における介護職員のキャリア管理:市場志向と組織志向に着目して」『茨城キリスト教大学紀要』56(Ⅱ), 157-172.

この記事の執筆者

茨城キリスト教大学
経営学部准教授

菅野 雅子

茨城キリスト教大学経営学部准教授。博士(政策学)、MBA(経営管理修士)。人事労務系シンクタンク等を経て現職。公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査検討委員会」委員。
著書に『福祉サービスの組織と経営』(共著)中央法規出版(2021年)、『介護人材マネジメントの理論と実践』(単著)法政大学出版局(2020年)など。

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