ドイツの介護労働市場における国外労働力と賃金構造―ポーランドからの出稼ぎと最低賃金制度の影響―

ドイツの介護労働市場における国外労働力と賃金構造

ポーランドからの出稼ぎと最低賃金制度の影響

ドイツ介護市場を支える国外労働力

ドイツの介護労働市場は慢性的な人手不足にあり、国外労働力への依存を強めています。特にポーランドを中心とする東欧諸国からの労働移動は、この分野の維持に不可欠な要素となっています。本稿では、公式統計を基に、賃金格差、労働移動の規模、最低賃金制度を整理し、それらが介護職の賃金形成にどのような影響を与えているかを検討します。

ドイツとポーランドの賃金格差と労働移動の実態

まず、両国の所得水準について確認します。ドイツの平均年収は約5万ユーロとされており、これはドイツ連邦統計局であるDestatisの統計に基づくものです(1)。一方、ポーランドの平均年収は約2.5万ユーロ程度であり、Statistics Polandの平均賃金データをもとに換算した値です(2)。このように、両国の間には約2倍の賃金格差が存在しており、これが労働移動の強い動機となっています。

介護職に限定しても同様の傾向が見られます。ドイツの介護職の年収はおおむね3.3万〜4万ユーロとされる一方、ポーランドでは約1.5万ユーロ程度にとどまります。この差は、一般労働者と同様に約2倍の開きがあると評価できます。

介護分野における国外労働力の実態と統計の限界

この賃金差を背景に、ドイツには多くのポーランド人が働きに出ています。ドイツ連邦雇用庁であるFederal Employment Agencyの統計によれば、ドイツ国内で就労しているポーランド国籍者は約53万人にのぼります(3)。また、ドイツの介護・看護分野の就業者数は約170万人であり、そのうち外国人は約19万人、すなわち約11%を占めています(4)。これは欧州委員会関連の研究や統計整理に基づく数値です。このことから、ドイツの介護労働の約1割が国外由来であると把握できます。

ただし、この数値は実態の一部にすぎません。特に在宅介護の分野では、ポーランド人を中心とした「住み込み型のケア労働」が広く行われています。この形態は個人契約や越境就労として行われることが多く、公式統計には十分に反映されません。複数の研究では、東欧出身の介護労働者が公式統計に表れない形で相当数存在する可能性が指摘されています。したがって、公式統計の約19万人という数字は、実際の労働供給を過小評価している可能性があります。

最低賃金制度と介護分野における適用の違い

次に、最低賃金制度を確認します。ドイツの一般最低賃金は、2024年時点で時給12.41ユーロとされています(5)。これはFederal Government of Germanyが公表している法定最低賃金です。フルタイムで働いた場合、月額に換算すると約2,100ユーロ程度になります。

一方で、介護分野には独自の最低賃金が設定されています。Federal Ministry of Labour and Social Affairsによれば、介護助手であっても時給はおおむね13〜14ユーロ程度とされており、月額では約2,700〜2,900ユーロ程度に相当します(6)。つまり、制度上は介護職の最低賃金は一般最低賃金よりも高く設定されています。この点は、介護人材の確保を目的とした政策的な賃上げ措置と位置づけられます。

しかしながら、この制度は主に施設や事業所などの正規雇用に適用されるものです。在宅介護や住み込みケアといった分野では、労働契約の形式が異なるため、最低賃金の適用が十分に及ばないケースが存在します。結果として、同じ介護分野であっても賃金水準に大きな差が生じる構造が形成されています。

二層構造としての介護労働市場と賃金への影響

このような状況を踏まえると、ドイツの介護労働市場は二つの層に分かれていると考えられます。第一に、施設や病院などの正規セクターであり、ここでは最低賃金や労働協約によって賃金が一定水準に保たれています。第二に、在宅や個人契約による非正規セクターであり、こちらでは東欧労働者を中心に相対的に低い賃金での就労が広がっています。

労働経済学の観点からは、低賃金国からの労働供給の増加は賃金形成に影響を与える可能性があると考えられています。一方で、ドイツでは人手不足や制度的な賃上げ政策が同時に存在するため、賃金が一方的に低下するわけではありません。

以上を総合すると、ポーランドを中心とする国外労働力は、ドイツの介護分野において供給を支える重要な役割を果たすと同時に、特に非正規セクターでは賃金上昇が限定的になる要因の一つとして指摘されることがあります。ただし、その影響は介護分野全体に均一に及ぶものではなく、特定の領域に集中していると理解する必要があります。

結論として、ドイツの介護労働市場は、EU域内の賃金格差を背景とした労働移動によって成り立っており、その構造は賃金水準の形成にも影響を与えています。これは単なる労働問題ではなく、福祉国家の持続性と国際的な労働分業関係を示す重要な事例であると言えます。

≪参考資料≫

  • (1) ドイツ連邦統計局 (Destatis, Statistisches Bundesamt) “Average gross annual earnings in Germany”
  • (2) ポーランド中央統計局 (Statistics Poland, Główny Urząd Statystyczny) “Average monthly and annual wages in Poland”
  • (3) ドイツ連邦雇用庁 Federal Employment Agency (Bundesagentur für Arbeit) “Foreign employees in Germany – Polish nationals”
  • (4) 欧州委員会・OECD統計(European Commission / OECD)“Foreign workforce in German long-term care sector”
  • (5) ドイツ連邦政府 Federal Government of Germany “Statutory Minimum Wage 2024”
  • (6) ドイツ連邦労働社会省(BMAS, Federal Ministry of Labour and Social Affairs)“Minimum wages in the care sector”

この記事の執筆者

江頭 瑞穗

神奈川県出身 1987年設立の 学校法人国際学園 横浜国際福祉専門学校にて、介護福祉士、社会福祉士、社会福祉主事(任用)、保育士、幼稚園教諭などの養成を行う学科、コースの設立を主導し、事務長、事務局長を経て1991年理事長に就任。1995年同職を辞し、学校法人、社会福祉法人のコンサルタント業務を開業。
翌1996年 株式会社日本アメニティライフ協会を設立し、グループホームケアの実践を行うと共に、神奈川県、東京都に限定した介護事業を展開。現在、子会社にて日本語学校を経営するとともに、社会福祉法人理事として特別養護老人ホーム、老人保健施設、また医療法人理事としてクリニックの経営に携っている。