介護現場から見た診療報酬改定の本当の影響
はじめに——“プラス改定”の中身をどう見るか
本年度の診療報酬改定は、全体としてはプラス改定となりました。ニュースや業界紙でも「賃上げの原資確保」や「医療提供体制の維持」といった前向きなトーンで語られることが多く、「今回は少し安心できるのではないか」と感じた方も少なくないと思います。
ただし、その中身を丁寧に見ていくと、印象は少し変わってきます。
今回の改定は構造として、かなり明確に「病院寄り」の設計になっています。外来中心のクリニックよりも、入院機能を持つ病院に配分を厚くし、急性期医療や入院機能の維持を支える方向性が強く打ち出されています。
なぜここまで病院に寄せた改定になっているのか。その背景には、ここ数年で一気に顕在化した病院経営の厳しさがあります。
実際、各種の調査では「一般病院の過半数が赤字」「中小病院では6割前後が赤字」といった状況が報告されており、数字だけを見ても、病院経営がかなり厳しい局面にあることがわかります。特にコロナ後は、患者数が完全には戻りきらない一方で、人件費や物価は確実に上昇しており、収支のバランスが崩れやすい構造になっています。
ある病院の事務長が、こんなことを話していました。
「患者数は戻りきらない。でも人件費は確実に上がる。気づくと、毎月少しずつ赤字が積み上がっていく感覚です」
こうした現場の実感を踏まえると、今回の改定が「まずは病院を支える」という意図を強く持っていることは、ある意味で自然な流れとも言えます。
ただし一方で、その“プラス”の中身にも大きな特徴があります。
今回の改定では、ベースアップ評価料をはじめとした職員の賃上げを前提とした配分が大きな割合を占めています。つまり、増収分の多くは給与として外に出ていく構造になっており、病院の収益改善にそのままつながるわけではありません。
いわば、「入ってくるが、その分出ていく」。現場感覚で言えば、“いってこい”の側面が非常に強い改定です。
そのため、見た目はプラスであっても、経営としての余裕が生まれるわけではなく、むしろ「上がった人件費をどう吸収していくか」という、新たな課題に向き合うことになります。ここに、今回の改定の難しさがあります。
そしてもう一つ重要なのは、この改定が「病院の中だけの話では終わらない」という点です。
入院機能を支えつつ、入院期間の適正化や在宅への移行を進める今回の流れは、結果として医療の外側、すなわち介護の現場にも確実に影響を及ぼしていきます。
その中でも、特に影響が大きいのが在宅医療、とりわけ訪問診療の部分です。
ここに、今回の改定を介護の視点で考える上での重要なポイントがあります。
訪問診療の評価の変化——「回数」から「役割」へ
今回の改定では、在宅医療における評価の考え方が整理され、「訪問回数」から「役割・機能」へと、はっきりと軸足が移っています。
これまでの訪問診療は、定期的に訪問し、継続的に状態を確認していくこと自体に価値がありました。実際、多くの現場では「月2回の定期訪問」が一つの標準的なリズムとなっており、医療側にとっても、介護側にとっても、それが安心の土台になっていました。
「次の訪問で先生に相談できる」
「いつものタイミングで状態を見てもらえる」
こうした“見通しのある関わり方”が、在宅の安定を支えていた側面は少なくありません。
しかし今回の改定では、その考え方に変化が見られます。
重症度や医療必要度、看取りへの対応、24時間対応体制、多職種連携といった「機能」や「役割」がより重視されるようになり、単純な訪問回数の積み上げだけでは評価されにくい構造へとシフトしています。
つまり、「どれだけ訪問したか」ではなく、「どのように関わり、どのような役割を果たしているか」が問われるようになったということです。
この方向性自体は、限られた医療資源の中で在宅医療の質を維持・向上させていくという意味で、非常に合理的なものです。
ただし、この変化は現場において、もう一つの重要な動きを生み出します。
それが、「訪問頻度の見直し」です。
訪問回数の変化がもたらすもの
実際の現場では、すでにその変化が少しずつ現れ始めています。
これまで月2回行っていた医師の定期訪問を月1回に見直し、その間は訪問看護でフォローする。あるいは、状態が安定している利用者については訪問間隔を延ばし、医療依存度の高い方にリソースを集中する。こうした動きは、今後さらに広がっていくと考えられます。
医療側から見れば、これは極めて合理的な判断です。限られた医師数の中で在宅医療を維持し、より必要度の高い患者に対応していくためには、訪問の“再配分”は避けて通れません。
しかし、これを介護の現場から見ると、意味合いは少し変わってきます。
ある施設の職員が、こんな話をしてくれました。
「以前は先生が月に2回来てくれていたので、“ちょっと気になること”は次の訪問で相談できたんです。でも今は間隔が空くので、その場でどうするかを考えないといけない場面が増えています」
在宅や施設の現場では、「明らかに異常」というよりも、「なんとなくいつもと違う」という変化が日常的に起こります。
例えば、
- 微熱が続いている
- 食事量が少しずつ落ちてきている
- 表情が少し乏しい
- 呼吸が少し荒い気がする
こうした“はっきりしない変化”は、医療判断としてはグレーでありながら、現場としては見逃せないサインです。
これまでは、「次の訪問で医師に診てもらおう」と時間をかけて判断できたものが、訪問間隔が空くことで、「今、この場でどう判断するか」を求められるようになります。
場合によっては、訪問看護に連絡するのか、医療機関に相談するのか、それとも様子を見るのか——その初動を現場が担う場面が増えていきます。
つまり、訪問回数の変化は単なる“頻度の問題”ではありません。
それは、「判断の重心」がどこにあるのかという構造の変化です。
これまで医療側にあった判断の一部が、少しずつ介護側へと移ってきている。この変化はゆっくりですが、確実に進んでいます。
そしてこの変化こそが、今回の改定が介護現場に与える、最も大きな影響の一つだと言えるのではないでしょうか。
訪問看護の役割拡大とチーム化の加速
こうした変化の中で、もう一つ大きなポイントになるのが、訪問看護の役割の拡大です。
医師の訪問頻度が見直される中で、日常的な状態把握や変化への初期対応は、これまで以上に訪問看護が担う場面が増えていきます。つまり、「最初に変化に気づき、最初に判断し、必要に応じて医師につなぐ」という役割が、より明確になってきています。
ある訪問看護師は、こんな言葉を話していました。
「今までも状態は見ていましたが、最近は“まず自分たちが判断する前提”になってきていると感じます」
例えば、ある在宅のケースでは、利用者の呼吸が少し荒くなり、SpO₂がわずかに低下していました。以前であれば、「次の医師の訪問で確認する」という流れもあり得た場面ですが、現在は訪問看護がその場で状態を評価し、医師へ連絡、必要に応じて薬剤調整や受診の判断につなげていきます。
また別のケースでは、食事量の低下が数日続いていることに訪問看護が気づき、脱水リスクを考慮して早めに点滴導入の判断につながった例もあります。
このように、訪問看護は単なる「医師の補助」ではなく、医療の入口を担う存在へと役割がシフトしています。
そしてこの構造の中では、訪問看護が医療と介護をつなぐ“ハブ”として機能します。
だからこそ重要になるのが、介護と看護の連携の質です。
例えば、
- 「食事量が落ちている」だけでなく、「3日間で主食が半分以下に減っている」
- 「元気がない」ではなく、「会話量が減り、昼間の臥床時間が増えている」
こうした情報の“解像度”が高いほど、訪問看護はより正確に状況を判断し、適切な対応につなげることができます。
また、ケアマネジャーの役割も変化しています。これまではサービス調整が中心でしたが、今後は「このチームをどう機能させるか」という視点がより求められます。誰がどのタイミングで関わり、どこで判断し、どう医療につなぐのか——その全体設計を担う役割です。
在宅は確実に、「個別対応」から「チームで支える構造」へと進んでいます。
在宅推進の先にある現実
今回の改定は、在宅医療・在宅介護の推進という大きな流れの中に位置づけられています。
ただ、現場で感じるのは、その理想と現実の間にあるギャップです。
制度としては、医療は効率化され、役割分担が進み、在宅で支える体制が強化されていきます。しかしその一方で、現場では人手不足が続く中、より高度な判断や対応が求められるようになっています。
さらに、その不安を受け止めるのは、現場の職員であり、ケアマネジャーであり、そして家族です。
あるご家族が、こんなことを話していました。
「先生が来てくれると安心するんです。でも間隔が空くと、ちょっとした変化でも“これで大丈夫なのか”と不安になります」
例えば、夜間に少し呼吸が苦しそうに見える、食事を残す日が続く、いつもより反応が鈍い——こうした変化に対して、「すぐに相談できる相手がいない時間」があること自体が、家族にとっては大きな不安になります。
訪問が減るということは、医療が軽くなるということではありません。
むしろ、医療の関与が間引かれることで、その間を埋める役割が、介護職・看護師・家族といった複数の主体に分散されているとも言えます。
この変化は目立ちにくいものですが、確実に現場の負担構造を変えています。
介護業界として留意すべきポイント
こうした変化の中で、介護業界として意識すべき点はいくつかあります。
まず一つは、「観察力と言語化」です。
「なんとなくおかしい」という感覚は非常に重要ですが、それをそのままでは医療には伝わりません。例えば、「食事量が落ちている」ではなく、「ここ3日間で主食が半分以下」「水分摂取量も減少」といった形で具体化することが、適切な判断につながります。
二つ目は、「看護との連携の質」です。
訪問看護がハブとなる構造の中で、日常的な関係性と情報共有の精度が、現場の安定を大きく左右します。困ったときだけ連絡するのではなく、日頃からの小さな情報共有の積み重ねが、いざという時の判断を支えます。
三つ目は、「判断を抱え込まない仕組みづくり」です。
判断の機会が増えるからこそ、個人の経験や勘に依存するのではなく、チームとして支える仕組みが必要になります。例えば、定期的なカンファレンスや、気になるケースを共有する場を設けることは、非常に有効です。
そして最後に、「医療との関係性の再構築」です。
今回の改定は、医療と介護の境界をさらに曖昧にしました。だからこそ、「どこまでが介護で、どこからが医療か」を改めて言語化し、日常的にすり合わせていくことが重要になります。
おわりに
今回の診療報酬改定は、一見するとプラス改定です。しかしその実態は、医療の効率化と役割分担の見直しが進む中で、その影響が静かに介護現場へと広がっていく内容でもあります。
訪問が減るということは、医療の関与が弱くなることではありません。
むしろ、医療の一部が“見えにくい形で”現場に移ってきているとも言えます。そしてそれは、介護の役割がより濃くなっていることを意味しています。
制度はこれからも変わり続けます。しかし、変わらないものがあります。
それは、「その人の生活を支える」という本質です。
制度に振り回されるのではなく、その本質を軸にしながら変化を捉えること。その上で、医療とどうつながり、チームとしてどう支えていくか。
今回の改定は、そのことを改めて問いかけているのではないでしょうか。
この記事の執筆者
事務長さぽーと株式会社
代表取締役 加藤隆之
医療法人おひさま会 事務局長・理事、中小企業診断士、MBA
病院向け専門コンサルティング会社にて全国の急性期病院での経営改善に従事。その後、専門病院の立ち上げを行う医療法人に事務長として参画、院内運営体制の確立、病院ブランドの育成に貢献。M&A仲介会社(日本M&Aセンター上席研究員)を経て起業。現在は、病院・企業の経営支援の傍ら、アクティブに活躍する病院事務職の育成を目指して各種勉強会の企画・講演・執筆活動など行っている。共著に「事例でまなぶ病院経営 中小病院事務長塾」「事例でまなぶ病院経営 事務管理職のすすめ」がある。

