SNS時代における介護職離れの構造
―Z世代の価値観と心理変化から見る職業選択の変容―
SNSが若者の職業観に与える影響
近年、介護職に応募する若年層が減少している理由については、賃金水準や労働負担といった従来からの課題だけでは説明しきれない側面が出てきています。その一つとして考えられるのが、SNSの影響です。とりわけInstagramやTikTokのような視覚中心の媒体は、若者の価値観や職業観に強く作用していると考えられます。
まず前提として、SNSに掲載されている内容は「現実そのもの」ではありません。多くの場合、投稿者は自分の生活の中から印象の良い場面や成功体験を切り取って発信しています。これは「自己呈示(じこていじ)」という行動で、人は他人からよく見られたいという欲求に基づき、自分をより魅力的に見せる情報を選ぶ傾向があります。その結果、SNS上には「楽しい」「充実している」「自由である」といったイメージが集まりやすくなり、日々の地道な努力や単調な作業、身体的な負担といった現実の一部は見えにくくなります。
SNSによる比較と心理的影響
こうした情報を受け取る側では、「社会的比較」という心理が働きます。人は他人と自分を比べることで自分の位置を確認しようとする性質を持っていますが、SNSではこの比較が歪みやすくなります。なぜなら、他人の「最も良い瞬間」と、自分の「普段の生活」を無意識に比べてしまうからです。このような比較は、「上方比較」と呼ばれ、自己評価を下げたり、満たされていない感覚を生みやすいとされています。
このとき生じる「自分はもっと良い生き方ができるのではないか」という感覚は、単なる気分の問題ではなく、将来の選択にも影響を及ぼします。人は繰り返し目にする情報を「現実でもよくあること」「自分も目指すべきもの」と認識しやすくなります。これは「可用性ヒューリスティック」と呼ばれる認知のクセで、頻繁に目にするものほど現実的で重要だと感じてしまう傾向です。その結果、SNSでよく見かけるライフスタイルや働き方が、自分の夢や目標と重なり、職業選択の基準そのものが変わっていきます。
Z世代の価値観と仕事選びの特徴
この影響を特に強く受けるのが1990年代半ばから2010年代前半に生まれたZ世代です。Z世代は幼い頃からスマートフォンやSNSに触れてきた世代であり、情報の多くを視覚的かつ短時間で処理することに慣れています。そのため、長期的な意味や背景よりも、「すぐにわかる魅力」や「直感的な納得感」を重視する傾向があります。また、「いいね」やフォロワー数といった即時的な反応に触れる機会が多いため、努力に対する成果や評価が目に見える形で得られることを重要視する傾向もあります。
さらに、Z世代は仕事を単なる収入手段としてではなく、「自分らしさを表現するもの」として捉える傾向があります。自己決定理論では、人は「自分で選んでいるという感覚(自律性)」「自分は成長しているという実感(有能感)」「他者とのつながり(関係性)」が満たされると、強い動機付けを持つとされています。Z世代はこれらの要素を重視するため、それが実感しやすい仕事を選びやすいといえます。
介護職が選ばれにくくなる構造
このような価値観と比較したとき、介護職は不利な位置に置かれがちです。介護の仕事は、利用者の日常生活を支えるという継続的な営みであり、その成果は「昨日と同じように過ごせること」や「少し体調が安定すること」といった形で現れます。これは非常に重要な価値ですが、短時間で劇的に変化するものではなく、また外から見てわかりやすい成果として表現しにくい特徴があります。
そのため、SNS上で繰り返し提示される「わかりやすい成功」や「華やかな生活」と比較すると、介護の仕事はどうしても地味に見えてしまいます。加えて、身体的な負担や感情的なストレスといった側面が強調されると、「大変そう」「割に合わない」という印象が先行しやすくなります。これは行動経済学的に言えば、「努力に対する報酬が見えにくい行動は選ばれにくい」という傾向とも一致します。
結果として、介護職は他の職業と比較される以前に、「選択肢として思い浮かばない」あるいは「最初から候補から外れる」という状況が生じている可能性があります。つまり、SNSは直接的に介護職を否定しているわけではありませんが、「選ばれる基準」を変えることで、間接的に介護職離れを促していると考えられます。
これからの介護人材確保に必要な視点
もっとも、ここで重要なのは、SNSだけが原因ではないという点です。賃金や労働環境、社会的評価といった従来の課題が依然として大きな影響を持っていることは間違いありません。しかし、SNSはそれらの課題を背景に、「他にもっと良い選択肢があるのではないか」という認識を強める役割を果たしているといえます。
このように考えると、介護人材の確保においては、単に待遇を改善するだけでなく、「どのように伝えるか」という視点が不可欠になります。介護の仕事が持つ価値、すなわち人の生活を支え、人生の質に直接関わるという本質的な意義を、現代の情報環境に合った形で可視化していく必要があります。日常の積み重ねの中にある意味や、利用者との関係性の中で得られる達成感を、わかりやすく伝える工夫が求められています。
SNSは単なる情報ツールではなく、人の価値観や選択基準を形作る環境そのものになっています。その影響を正しく理解し、それを前提とした対策を講じることが、これからの介護人材確保において重要な課題であるといえるでしょう。
この記事の執筆者
江頭 瑞穗
神奈川県出身 1987年設立の 学校法人国際学園 横浜国際福祉専門学校にて、介護福祉士、社会福祉士、社会福祉主事(任用)、保育士、幼稚園教諭などの養成を行う学科、コースの設立を主導し、事務長、事務局長を経て1991年理事長に就任。1995年同職を辞し、学校法人、社会福祉法人のコンサルタント業務を開業。
翌1996年 株式会社日本アメニティライフ協会を設立し、グループホームケアの実践を行うと共に、神奈川県、東京都に限定した介護事業を展開。現在、子会社にて日本語学校を経営するとともに、社会福祉法人理事として特別養護老人ホーム、老人保健施設、また医療法人理事としてクリニックの経営に携っている。

