キャリアパスの方針をどう考えるべきか?(前編)

キャリアパスの方針をどう考えるべきか?(前編)

介護業界では、処遇改善加算の算定に求められる「キャリアパス要件」の後押しもあって、人事制度の整備を進めている法人が多いと思います。しかし、「制度はあるけれど、うまく運用できていない」「形式的な存在になってしまっている」という声も耳にします。

例えば、以下のような悩みはありませんか?

  • 「規定どおりだと賃金が頭打ちになってモチベーションの維持・向上が難しい」
  • 「その結果、結局勤続年数で昇給している」といった状況です。

今回は、キャリアパス制度の基盤となる「等級制度」に焦点を当て、基本的な考え方や仕組みについて解説します。どのような制度設計が介護組織に適合するのかについては、次回のコラムで考えていきます。

1. キャリアパスの基盤、等級制度は基本となる「OS」

等級制度とは、従業員の序列を構造化し、賃金の上がり方や決め方、そして仕事の配分を規定する人事制度の基本システムです。コンピュータでいえばOS(オペレーティング・システム)にあたるものです1)。対して、評価・賃金・教育訓練といった個々の施策は「アプリケーション」にあたると言えます。
アプリの中でも評価制度は、OSである等級制度の考え方を具体的な評価基準に落とし込み、従業員の努力を方向付ける重要な役割を果たします。また同時に、従業員の賃金や人材育成などに連動する「基本情報」としても位置付けられます(図表1)。

図表1 人事制度の枠組み(イメージ)

出典:今野浩一郎・佐藤博樹(2020)『人事管理入門[第3版]現代の企業組織と人間』
日本経済新聞出版を参考に筆者作成。

等級制度はOSなので、アプリケーションのように頻繁な更新は行わず、ある程度安定的に運用される必要があります。とはいえ、経営環境の変化によりその見直しを迫られることもあります。大きくは「能力主義」「職務主義」「役割主義」の考え方があり、それぞれに対応する等級制度は「職能資格制度」「職務等級制度」「役割等級制度」です2)

アプリケーションがうまく作動するかどうかはOSの性能や相互の相性次第とも言えます。例えば、「能力主義の職能資格制度」(OS)のもとで「成果主義の評価制度」(アプリ)を導入すると、「能力は高いが成果が出ていない人」の処遇をどうするかという矛盾が生じやすくなります。
そのため、それぞれの制度の特徴を十分に理解することが必要になります。それらを次に確認していきましょう。

2. 3つのタイプの等級制度――大きく違う考え方

日本企業では長く、能力主義に基づく「職能資格制度」が採用されてきました。それに対して、欧米等の先進諸国では、職務主義に基づく「職務等級制度」が一般的です。日本では近年、役割主義に基づく「役割等級制度」が普及しつつあると言われています2)3)4)「役割等級制度」は、両者の折衷型と位置付けられます。図表2は3つの等級制度の仕組みを単純化したイメージです5)

図表2 各等級制度の仕組み(イメージ)

出典:海老原嗣生(2021)『人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~』日経BPを一部加筆修正した上で、役割等級制度のイメージを加えて筆者作成。

職能資格制度

職能資格制度は、職務遂行能力に応じた「職能等級」を決め、能力の向上に伴って昇格していく仕組みです。日本的雇用慣行においては、勤続年数とともに能力が伸びるという前提に立つため、多くの人が年次に応じて昇給・昇格していきます。
能力の向上に伴う職能等級の「昇格」とは別に、役職登用すなわち「昇進」が別のラダー(はしご)として存在するのが特徴です。例えば、図表2では、「主任」は2~3等級の人から選ばれます。「同じ3等級でも主任もいれば一般社員もいる」ということになります。

職務等級制度

対照的に、職務等級制度は「職務の価値」に応じて等級を決めます。「職務等級=役職」となるので、役職が上がらない限り等級も上がりません。また、役職ポストの空きがない限り昇進することはありません。役職ポストに空きが出たら、適任者を外部・内部から登用することになります。昇進したいと思う人は、その役職ポストに必要な技能や資格を習得しておくことが求められます。

役割等級制度

最後に役割等級制度についてです。職能資格制度と職務等級制度の双方の特徴を取り入れた等級制度です。職務等級制度と同様、仕事基準ですが、職務を「役割」という大きな枠組みで捉え、その責任の大きさや期待される貢献に応じて等級を設計する仕組みです。

図表2の役割等級制度の例では、「基礎定型」「自律遂行」「高度実務」「経営変革」といった役割の質・レベルによって等級が区分されています。職務等級制度のように「経理担当Ⅰ」「経理担当Ⅱ」と職務内容で細かく分けるのではなく、どのような貢献が期待されるかという観点で大括りに整理するのが特徴です。

3. 「能力」「役割」「職務」とは――基準と境界の違い

とはいえ、3つの制度が基準とする「能力」「役割」「職務」の違いが、今一つピンとこない方も多いかもしれません。それぞれの違いがわかりやすくなるようにイメージを図にしてみました(図表3)。

図表3 能力・役割・職務の違い(イメージ)

出典:既存研究2)~7)より各制度の特徴を踏まえて筆者作成。

「能力」は人に紐づくもので(人基準)、潜在的で見えにくく、境界がはっきりしません。一方、「職務」と「役割」はいずれも仕事に紐づくものですが(仕事基準)、「職務」の方はタスクが固定的で境界が明確。「役割」は役割責任・期待成果・貢献度などに応じた役割を人が担い、人や状況で広がりうるもの、というイメージです。

介護現場で考えてみましょう。「能力」は、例えば「認知症ケアの知識がある」「リーダーシップがある」といった、その人の中に蓄積されたものです。「職務」は、「ユニットAの日勤リーダー業務」のように、誰が担当しても同じ範囲の仕事です。「役割」は、「フロア全体の業務改善を推進する」といった、担う人によって広がりも深さも変わりうるミッションです。

4. 各等級制度のメリット・デメリットとは

それでは、これら3つの制度を実際に運用した場合、経営や人材管理にどのような影響があるのでしょうか。メリット・デメリットとして図表4に整理しました。

図表4 各等級制度のメリット・デメリット

出典:既存研究2)~7)より各制度の特徴を踏まえて筆者作成。

職能資格制度

職務が固定していないので、人材配置の柔軟性を確保できます。従業員にとっては、職務がなくなっても人事異動により別の職務に就くことが可能なので、雇用が安定します。また、能力に応じて昇給・昇格するシステムなので、従業員の「能力開発へのインセンティブ」を促進する作用が働きます。人材を多様な職務に柔軟に配属可能なので、幅広いキャリア形成に向いています。

一方で、「職務の価値」ではなく「人の能力」に賃金を紐づけるため、「経験を積めば賃金は上がるもの」という意識が根強くなります。そのため人件費が高止まりしやすいという課題があります。また自律的なキャリア形成や専門人材の育成には不向きです。

職務等級制度

定義された職務の価値・内容によって等級と賃金が決まるので、人件費管理がしやすいというのが最大のメリットです。また、上位の(より賃金の高い)職務に就くためには自らスキルアップする努力が必要になるため、従業員の「キャリア開発へのインセンティブ」を促進する作用が働きます。職務が固定的なので、専門人材(狭い範囲のエキスパート)の育成に向いています。

しかし、職務が変わらない限り等級は上がらず、給与もほぼ横ばい。人事異動もできないので人材配置の柔軟性が低く、長期的かつ幅広いキャリア形成には不向きという面があります。

役割等級制度

厳密に職務が定義されている職務等級制度に比べて、経営状況に応じて柔軟に運用することが可能になります。役割を人が担い、役割の境界を柔軟に管理できるので、職能資格制度が抱えるコスト管理の難しさに対応しつつ、強みである「柔軟な配置管理」を維持できる可能性があります。専門職もその役割価値に応じて、管理職と同等に処遇することもやりやすくなります。

ただし、役割等級制度にも課題があります。「役割」の定義が曖昧なまま運用すると、結局「人」を見て処遇を決める職能資格制度の運用と何ら変わらなくなってしまう可能性があるという点です。

では、現状介護事業所ではどのような等級制度が導入されているのでしょうか。また、どのような等級制度が合致するのでしょうか。それについては、次回のコラムで検討します。

引用参考文献:

1) 今野浩一郎・佐藤博樹(2020)『人事管理入門[第3版]現代の企業組織と人間』日本経済新聞出版.
2) 平野光俊(2010)「社員格付制度の変容」『日本労働研究雑誌』597, 74-77.
3) 上林憲雄・平野光俊編著(2019)『日本の人事システム: その伝統と革新』同文舘出版.
4) 江夏幾多郎・平野光俊(2012)「社員格付原理としての役割主義の機能要件: 人事部の権限と体制に着目して」『組織科学』45(3), 67-79.
5) 海老原嗣生(2021)『人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~』日経BP.
6) 濱口桂一郎(2009)『新しい労働社会: 雇用システムの再構築へ』岩波新書.
7) 濱口桂一郎(2021)『ジョブ型雇用社会とは何か: 正社員体制の矛盾と転機』岩波新書.

この記事の執筆者

茨城キリスト教大学
経営学部准教授

菅野 雅子

茨城キリスト教大学経営学部准教授。博士(政策学)、MBA(経営管理修士)。人事労務系シンクタンク等を経て現職。公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査検討委員会」委員。
著書に『福祉サービスの組織と経営』(共著)中央法規出版(2021年)、『介護人材マネジメントの理論と実践』(単著)法政大学出版局(2020年)など。

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