越境学習はオンラインでも可能か?
前回のコラムでは、「越境学習」が介護人材のキャリア形成にポジティブな効果をもたらす可能性について触れました。慣れ親しんだ“ホーム”を離れ、異なる環境“アウェイ”での経験を通じて生じる「葛藤」が、個人の深い内省や新たな挑戦を引き出す原動力となり、変化の時代に対応するための柔軟性、挑戦する意欲、そして逆境を乗り越えるレジリエンスを育むことができる――それが越境学習のメカニズムであることをお伝えしました。
さて、今日のデジタル社会において、私たちはインターネットを介した多様なつながりを日常的に築いています。こうした中で、オンラインコミュニティへの参加が、従来の対面型の越境学習と同様に、自己成長に資する「越境学習効果」をもたらしうるのか。本稿では、この問いについて検討していきたいと思います。
オンラインコミュニティとは?
インターネットやSNSの普及により、私たちの生活のあらゆる側面に多種多様なオンラインコミュニティが形成されるようになりました。オンラインコミュニティを一義的に定義するのは難しいと言われていますが、一般的には以下の2つの要素をいたすものと捉えられています1)。
- コンピュータネットワーク技術を利用した「人が集まるグループ」であること
- そのネットワークを通じた「社会的交流」を共有していること
つまり、ネットワーク上に人が集まり、何らかの形で交流が行われている場は、「オンラインコミュニティ」と呼べるでしょう。
その形態は実に多様であり、同窓会や地域のつながりがオンライン上で延長されたものから、共通の関心テーマに基づいたグループ、製品やサービスを介した商業的なコミュニティ、さらにはオンラインゲームの対戦や交流を目的としたものまで多岐にわたります。
近年、特に注目されているのは、共通の関心テーマに基づき参加者が集い、相互に学びあい、支えあうことを目的としたオンラインコミュニティの活性化です。本稿では、この中でも特に、医療・介護・福祉といった、人々の生活を支える重要な分野において、専門職や関係者が集い、交流を深めているオンラインコミュニティに焦点を当て、その越境学習効果の可能性を探っていきたいと思います。
オンライン上でも育つ「つながりの力」
オンラインコミュニティに関する先行研究の多くは、その参加によって「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」が形成される点を指摘しています。社会関係資本とは、人と人とのつながりそのものが価値を持つという考え方で、社会的ネットワーク(絆)、およびそこから育まれる信頼、そして互酬性の規範意識(お互い様の精神)がその本質です2)。
図 社会関係資本とは
出所:宮田(2005)を参考に筆者作成
社会関係資本は、個人の孤立を防ぎ、情報へのアクセスを容易にし、あるいは心理的なサポートを提供することができ、社会全体の福祉や経済活動にも寄与すると考えられています。
この社会関係資本には、大きく分けて「強い結びつき(strong ties)」(結束型社会関係資本)と「弱い結びつき(weak ties)」(橋渡し社会関係資本)の両面が存在し、オンラインコミュニティにおいても、その両方のパターンが見られます。
●強い結びつき(strong ties):
家族や親友、職場の同僚など、頻繁な交流を通じて築かれる深い信頼関係や強い感情的な絆。オンラインコミュニティにおいては、例えば、育児中の親たちが集うコミュニティでの相互支援や、病気を抱える人々が心の支えとなるような深い交流など。
●弱い結びつき(strong ties):
友人・知人や知り合い程度で、関与は比較的浅いものの、多様な人々との広範なつながり。オンラインコミュニティでは、SNSにおける情報ネットワークや、共通の趣味を持つ人々が集うコミュニティなど。
いずれの結びつきも、オンラインコミュニティへの継続的な参加を通じて形成され、参加者の精神的健康の維持、多様な情報獲得、そして自己成長につながることが、これまでの研究で報告されています3)。
強い結びつきの「ダークサイド」
一方で、オンラインコミュニティにおける「強い結びつき」には、以下のような、注意すべき「ダークサイド」も存在します3)。
●フリーライダー:
情報や支援を一方的に受け取るだけで、自らコミュニティに貢献しようとしない人が存在すること。これにより、コミュニティ全体の活性度が低下したり、貢献意欲のあるメンバーのモチベーションが損なわれたりするリスクがある。
●過度の同質性:
コミュニティには同類性の原理が働きやすい。それが行き過ぎると、結果としてコミュニティが閉鎖的・排他的な雰囲気に陥る可能性がある。
オンラインコミュニティがもたらす学習効果やポジティブな影響を論じる際には、このようなリスクや潜在的な負の側面も同時に考慮し、適切に管理していく視点が不可欠となります。
それでは、医療・介護・福祉等の分野で、昨今増え続けるオンラインコミュニティでは一体何が起きているのでしょうか。
介護人材が集うオンラインコミュニティの事例
ここで、筆者が調査した具体的な事例として、KAIGO LEADERSのオンラインコミュニティ「SPACE」(運営:株式会社Blanket)4)をご紹介します。
KAIGO LEADERSは、「超高齢社会を創造的に生きる次世代リーダーのコミュニティ」を標榜し、主に20代から30代の若手介護職を対象に活動を展開する、ユニークな団体です。そのKAIGO LEADERSの活動の一環として、地域を限定せず、全国各地の介護職がゆるやかにつながり、相互支援や学び合いができるネットワーク形成を目的として作られたのが、オンラインコミュニティ「SPACE」です。
「SPACE」では、主要なコミュニケーションツールとしてオンラインチャットツールのSlackを活用するほか、Zoomを用いた勉強会や交流会やオフ会なども適宜開催されています。コミュニティマネジャーが配置され、参加しやすい雰囲気づくりに注力しているのが特徴的です。
「SPACE」の参加者アンケートの結果を分析した結果5)、非常に興味深い知見が得られました。オンラインコミュニティ内で築かれた社会関係資本が、参加者の心理的資本(個人のポジティブな心理状態)6)を通じて参加者のワーク・エンゲイジメント(仕事に関する肯定的で充実した感情や態度)7)を向上させ、さらに職場でのリーダーシップ行動(職場やチームの目標達成のために他のメンバーに積極的に影響を及ぼす行動)を促していることが示されたのです。
図:オンラインコミュニティ内で築かれた社会関係資本の影響
出所:菅野・金山(2024)をもとに簡略化して筆者作成
このように、「SPACE」への参加を通じて、自身の仕事への意欲や、職場における主体的行動が引き出されていることが示されました。これはまさに、オンラインコミュニティという「アウェイ」な場での交流を通じて、新たな知恵の獲得や自己成長を促す越境学習効果が発揮されている証左といえるでしょう。
コミュニティの健全性と効果性を生み出すのは参加者全員
介護の仕事は、利用者に対する物理的な支援も多く含まれており、リモートワークが適用しにくい特性があります。だからこそ、オンラインコミュニティは、地理的・時間的制約を超えた新たな学びや交流の機会を提供する、きわめて貴重な存在となりうると言えるでしょう。
オンラインコミュニティへの参加により、越境学習効果がもたらされるのであれば、大いに活用することが期待されます。
しかしながら、すべてのオンラインコミュニティが期待される効果を自動的に生み出すわけではありません。健全かつ効果的なコミュニティを運営するためには、以下のような細やかな配慮や戦略的な工夫が不可欠になります。
- コミュニティの健全性維持や活性化を役割とするコミュニティマネジャーの存在
- 新規参加者が参加しやすいフォローや場づくり
- 閉鎖性や過剰な同質性を避ける、多様性への配慮
- 全員がコミュニティ運営に貢献する姿勢
放置されて形骸化するコミュニティもあれば、内輪(うちわ)に偏り排他的になってしまうこともあります。コミュニティマネジャーの役割が重要であることは言うまでもありませんが、参加者全員が知恵や情報を出し合いコミュニティ運営に貢献する姿勢が、越境学習を促す鍵となるでしょう。
オンラインコミュニティが描く、これからの学びとキャリア
オンラインコミュニティは、単なる情報交換の場を超えて、心理的な支えや自己成長のきっかけを提供する「越境の場」となり得る事例を紹介しました。特に、介護・福祉といった分野で働く人々にとって、物理的制約を超えたこうしたつながりは、仕事への意欲や成長につながる重要な資源となるでしょう。
効果的なオンラインコミュニティの運営には工夫と継続的なマネジメントが求められますが、それを通じて得られる「越境学習効果」は、個人にも組織にも大きな価値をもたらす可能性があります。今後、オンラインコミュニティが私たちの学習や働き方の未来にどのような影響を与えていくのか、さらなる研究と実践が期待されます。
(注)
1) 吉田等明・中西貴裕「地域を活性化する『開かれたオンライン・コミュニティ』」『コンピュータ&エデュケーション』16, pp.20-27, 2004.
2) Putnam, R. D.: Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, Simon & Schuster, 2000. (柴内康文訳: 孤独なボウリング: 米国コミュニティの崩壊と再生, 柏書房, 2006).
3) 宮田加久子(2005)『きずなをつなぐメディア: ネット時代の社会関係資本』NTT出版.
4) KAIGO LEADERS「SPACE」ホームページ:
https://heisei-kaigo-leaders.com/projects/space/
5) 菅野雅子・金山峰之(2024)「介護人材が集うオンラインコミュニティにおける社会関係資本の特徴とその波及効果」『介護経営』18(1), 2-12.
6)Luthans, F., Youssef, C. M., & Avolio, B. J. (2015). Psychological Capital and Beyond. Oxford University Press, USA.(開本浩矢・加納郁也・井川浩輔・高階利徳・厨子直之訳『こころの資本』中央経済社,2020年).
7) Schaufeli, W. B., Salanova, M., González-Romá, V., & Bakker, A. B. (2002). The measurement of engagement and burnout: A two sample confirmatory factor analytic approach. Journal of Happiness studies, 3(1), 71-92.
この記事の執筆者
茨城キリスト教大学
経営学部准教授
菅野 雅子
茨城キリスト教大学経営学部准教授。博士(政策学)、MBA(経営管理修士)。人事労務系シンクタンク等を経て現職。公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査検討委員会」委員。
著書に『福祉サービスの組織と経営』(共著)中央法規出版(2021年)、『介護人材マネジメントの理論と実践』(単著)法政大学出版局(2020年)など。

