介護現場のリーダー人材をどう育てるか?
前回のコラム、では、介護現場のリーダーが抱える業務負担や精神的重圧の実態をデータで確認し、現場と組織双方からの多面的なサポートが重要であることをお伝えしました。
今回は、そのサポートの中でも特に「リーダー人材の育成」に焦点を当て、具体的方策を考察します。
厚生労働省が示すリーダーの役割と能力
まず、現場のリーダーに求められる能力について、厚生労働省が提示する基本方針で、政策的な観点から確認しておきましょう。2017年10月の報告書「介護人材に求められる機能の明確化とキャリアパスの実現に向けて」1)において、「介護職のリーダーが担うべき役割と能力」に関して、以下の3点が提示されています。
※( )内は筆者の要約。
- 高度な知識・技術を有する介護の実践者としての役割と求められる能力
(高度化・複雑化する介護ニーズに対応する判断力・業務遂行力・多職種連携力) - 介護技術の指導者としての役割と求められる能力
(部下・後輩の指導技術、および意欲・能力を引き出す人事管理能力)
- 介護職のグループにおけるサービスをマネジメントする役割と求められる能力
(介護過程の実践とマネジメントを通じて、サービス品質を管理する能力)
直近では、令和7年度に開催された福祉人材確保専門委員会2)において、介護職のキャリア形成モデルとして、「山脈型キャリアモデル」が示されています。この図に当てはめると、「⓪介護実践」と「①介護実践の深化」という専門能力に加え、「②育成・指導」や「③サービスのマネジメント」というマネジメントスキルが、リーダーに求められていることが分かります。
図:山脈型キャリアモデル
引用:厚生労働省(2025)「介護人材確保の現状について」第1回社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会(令和7年5月9日)より転載
カッツモデルによるリーダーのスキル構成
次に、リーダーに求められる能力を、理論的なフレームで捉えてみましょう。管理監督者に求められる能力を示す代表的な理論として、米国経営学者ロバート・L・カッツが1955年に提唱した「カッツモデル」3)があります。古い理論ではありますが、管理監督者が組織を効果的に運営するために必要なスキルがわかりやすく提示されており、今日でも多くの実務家に広く受け入れられています。
具体的には、下図のように、管理監督職の階層ごとに必要なスキルを、3つのカテゴリー――すなわち、職務遂行の専門スキルである「テクニカルスキル」、他者との協働に必要な「ヒューマンスキル」、そして物事を俯瞰して概念化する「コンセプチュアルスキル」―に分類しています。
図:カッツモデル
介護現場のリーダーは、ユニットリーダー、フロアリーダー、グループリーダーといった役職が多いと思います。管理職(通常は課長以上)よりも手前のポジションで、カッツモデルの図で見ると、ロワーマネジメントに位置づけられます。
このモデルによれば、ロワーマネジメントには、テクニカルスキルとヒューマンスキルが同程度に、さらにコンセプチュアルスキルもウェイトは高くないものの、一定程度求められることがわかります。
介護現場に当てはめてみると、利用者との直接的な関わりが求められる介護の特性上、テクニカルスキルが重要となる一方、指導育成や多職種連携においてはヒューマンスキルが不可欠と言えます。さらに変化するニーズへの対応や品質向上にはコンセプチュアルスキルも必要になってくると理解することができます。
これを前述した厚生労働省の提言に照らしてみると、以下のように対応すると考えられます。これらのスキルのバランスを意識した育成が不可欠と言えるでしょう。
- 高度な知識・技術を有する介護の実践者としての役割と求められる能力
→ テクニカルスキル - 介護技術の指導者としての役割と求められる能力
→ テクニカルスキル+ヒューマンスキル - 介護職のグループにおけるサービスをマネジメントする役割と求められる能力
→ テクニカルスキル+ヒューマンスキル+コンセプチュアルスキル
リーダーへの第一歩:実践につながる事前準備と初期経験
しかしながら、実際の現場からは、「リーダー人材の育成に十分な時間がかけられない」「人材不足で、リーダーの任命に適性まで考慮できない」「現場業務が中心で、リーダーとしての役割を十分に果たせていない」といった声も聞かれます。
では、こうした状況下で、どのようにリーダー人材を育成していけばよいのでしょうか。
テクニカルスキル(専門能力)については、以前のコラム「介護職に必要な能力とは?」で、形式知、暗黙知、実践知という分類とその獲得方法について解説しました。本稿では、特にヒューマンスキルとコンセプチュアルスキルの獲得に焦点を当てて考えてみましょう。
ヒューマンスキルやコンセプチュアルスキルのように形式知化しにくい能力は、実践を通じて獲得するというのが、重要な視点になります。以前のコラムでもご紹介した経験学習モデル4)は、リーダー育成の基本とも言える考え方です。
図:コルブの経験学習モデル
この理論を参照すると、「結局、実際にやってみないと分からないということか」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
その通りです。リーダーとして求められる多くの能力は、リーダーとしての経験の中で試行錯誤しながら身につけられるものと言えるでしょう。
しかし、事前準備としてできることがあります。例えば、以下のような取組みが有効です。
- プレリーダー研修の実施・・・リーダー候補者を対象に、リーダー業務の実際や、リーダーに求められる基礎知識を習得する機会を作る
- リーダーになる前の小さな育成経験・マネジメント経験の機会創出・・・新入職員の指導役、日勤リーダー、利用者担当、委員会リーダーなど、役職ではないけれど責任ある役割を担う機会を作る
こうした事前の予備知識の獲得や、小さなマネジメント経験を積むことで、いざ一つのチームやグループのマネジメントを任された際に、不安や戸惑いを軽減しスムーズな移行を促すことができるはずです。
経験からの学びを最大化:振り返りと概念化の支援
そうは言っても、リーダーになる前の準備には限界があります。やはり、実際にリーダー職を担い、試行錯誤を繰り返しながら、自分なりのマネジメント方法を見出していくという経験学習プロセスが重要になります。その際、経験学習プロセスを円滑に回すための支援が期待されます。
例えば、ある特別養護老人ホームでは、マネジャー(介護全体の統括責任者)が、フロアリーダー一人ひとりと定期的に個別のスーパーバイズを実施しています。このスーパーバイズでは、フロアリーダーの悩みや課題を丁寧に聞き、自力で解決策を見出せるよう、マネジャーが伴走します。
スーパーバイズは単なる相談相手ではなく、リーダーが自身の経験を客観視し、そこから教訓を引き出すプロセスを促します。これにより、次に同様の課題に直面した際に、自力でより良い判断を下せるようになるなど、応用可能な能力が培われるのです。
このように、経験学習モデルの「内省的観察」(振り返る)と「抽象的概念化」(教訓を引き出す)のプロセスをマネジャーが支援し、次の「能動的実践」(新しい状況に適用する)につなげる好事例と捉えることができます。
上記の事例は、マネジャーによる定期的なスーパーバイズでしたが、日常的にマネジャーなど上位のポジションの職員が、現場のリーダーの様子を見ながら、積極的に声掛け・面談を行う施設もあります。
また、これらとは別に、リーダー研修など集合形式で、それぞれの現場の課題について共有し、自律的な問題解決を後押しする取組みを実施している事業所も多いと思います。
このように、職員の「内省的観察」(振り返る)と「抽象的概念化」(教訓を引き出す)のプロセスを支援する機会を設けることが、リーダーの成長にとって非常に重要であると言えるでしょう。
持続可能なリーダー育成へ:組織的支援の必要性
ここまで、リーダー育成における経験学習の重要性について述べてきました。
リーダー一人ひとりが、自らの経験を振り返り、そこから教訓を引き出し、次の状況に適用するというプロセスを意識的に行うことは、自己とチームの成長にとって不可欠です。
しかし、自分一人で内省するだけでは、その気づきや学習は限定的になりがちです。必要以上に自分を責めてしまったり、大きなリスクも「ま、大丈夫かな」と見過ごしてしまったり、適切な振り返りができない可能性すらあります。
そのため、組織として経験学習プロセスを積極的に支援することが、極めて重要な視点となるのです。
もちろん、支援がなくても経験を糧に成長するリーダーもいるでしょう。しかしその一方で、リーダーの心身への負担の大きさから、潰れてしまう人がいるのもまた事実です。
リーダーへの組織的な支援は、個人のスキルアップに留まらず、利用者への質の高いケアの提供、職員の定着、そして持続可能な介護サービスの実現へと直結します。
「急がば回れ」の精神で、時間はかかっても、リーダーの経験学習を効果的に支援するあり方を組織全体で考え、実践していくことは、持続可能な介護現場の基盤を築く上で不可欠と言えるでしょう。
(注)
1) 厚生労働省(2017)「介護人材に求められる機能の明確化とキャリアパスの実現に向けて」社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会(平成29年10月4日)
2) 厚生労働省(2025)「介護人材確保の現状について」第1回社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会(令和7年5月9日). ※同資料における出典:令和5年度老人保健健康増進等事業「介護福祉士のキャリアアップにおける職場環境等の影響に関する調査研究事業」報告書(令和6年3月:株式会社日本能率協会)より引用・一部編集
3) Katz, R. L. (1955). Skills of an effective administrator. Harvard business review, 33(1), 33-42.
4)Kolb, D.A. (2014) Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development.2nd ed. N.J: Person Education.
この記事の執筆者
茨城キリスト教大学
経営学部准教授
菅野 雅子
茨城キリスト教大学経営学部准教授。博士(政策学)、MBA(経営管理修士)。人事労務系シンクタンク等を経て現職。公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査検討委員会」委員。
著書に『福祉サービスの組織と経営』(共著)中央法規出版(2021年)、『介護人材マネジメントの理論と実践』(単著)法政大学出版局(2020年)など。

