「食の楽しみ」~美味しく魅せる~

「食の楽しみ」~美味しく魅せる~

食の環境を整えると、食べる楽しみは増える

 私たちは毎日何気なく食事をしていますが、料理そのものだけでなく、周囲の環境や気分によって「美味しさの感じ方」は大きく変わります。見た目、香り、雰囲気、誰と食べるか、五感と心の状態が深く関わっています。食べ物にだけ気を配るのではなく、食の環境を整えることが、より豊かな食事につながるのです。では、どのように環境を整えればよいのでしょうか。

食べ手の心理を考えながらお話ししていきます。

食べたい気持ちを引き出す流れ

 食欲が湧かない人に、無理やり食べさせようとは思いませんね。まずはその人の心や体の状態に寄り添ってきっかけを少しずつ作っていくのではないでしょうか。

 人が食べたいと思って行動する(食べる)までには、一連の心理的プロセスがあります。このプロセスは、店舗等でお客様が商品を見て「これ、食べてみよう」と手にして購入するまでのプロセスとよく似ています。このプロセスを意識して、ちょっとした演出や言葉がけをすることで、自然と「食べたい」という気持ちが引き打出されます。

  1. 刺激:見た目、香り、音などの五感で情報を受け取る
  2. 連想・記憶:過去の体験や感情と結びつける
    例:夏と言えば冷やし中華、あの香り、屋台で食べたあの焼きいかの臭いに似ている等
  3. 働きかけ:視覚的な魅力(盛り付けなど)や言葉がけ、文字による提案
  4. 欲求の高まり:心理的、身体的に食べたいという気持ちが強まる
  5. 食べる (口にする)

食べたいなと思わせる働きかけ

 今お話した一連のプロセスの中でも、働きかけが重要です。見た目、文字、言葉で表現していくなどの工夫によって食の楽しみを膨らませて、心理的に働きかけていきます。

 人が美味しそう、食べたいなと感じるための重要なポイントは大きく分けて、視覚、嗅覚、情報、個人的経験の4つが重要です。これらの要素を複合的に表現していくことで、食べたいなという強い欲求を抱くようになります。

  1. 視覚的な魅力:色合い、盛り付けなどから受ける印象
  2. 嗅覚的な誘惑:焼きたてのパン、スパイスの香り、レモン果汁など
  3. 情報:食材の産地やこだわり、季節感、口コミなど
  4. 記憶と経験:家族と過ごした食卓、旅先での味などの個人的経験や味噌、醤油など慣れ親しんだ地域性のある食文化

「美味しそう」と思わせる視覚の力

 人は情報の8~9割を視覚から得ていると言われているので、美味しそう、食べたいなと思わせるために「視覚」が最も効果的です。

「映え」という言葉がありますが、最近では、文字で美味しさを伝えるよりも、写真や動画を用いて視覚的なプロモーションの方が増えているのは、いかに美味しく魅せるかが人の心を捉えて売り上げにも影響するからです視覚で「美味しそう」と感じてもらうために鍵となるのは、「色合い」「魅力的な盛り付けと配置」「シズル感や質感」です。

色の基本と心理効果

 その中でも最も効果的なのは「色合い」すなわち「色の使い方」です。ちょっとした色の使い方の変化で、食べ物の印象はガラッと変わり、美味しく魅せることができるのです。色を上手に使うためには、色のもつ力について知っておくと便利です。

 色には、有彩色と無彩色があり、それぞれ異なる印象を与えます。有彩色は、さらに「暖色系」「寒色系」「中性色系」に分類されます。

色の三属性

 色は大きく分けて、色相(色味の違い)、明度(明るさ)、彩度(鮮やかさや色味の強さ)という「色の三属性」によって成り立っています。青、赤、黄のように色相、明度、彩度のすべての属性をもつ色を有彩色と呼びます。白、黒、その中間に位置する灰色など、色相と彩度がなく、明度の属性のみを持つ色を無彩色と呼びます。

無彩色

無彩色(白、黒、グレー)は、どんな有彩色とも馴染んだり、他の色を引き立てる効果があります。また色味がないために、シンプルで落ち着いた印象を与えることができます。

 同じ料理でも白い皿と黒い皿では印象が異なるのは、白は清潔感や軽さ、黒は高級感や重厚感という違う印象を与えるからです。色味をもたないのが無彩色ですが、他の有彩色と組み合わせることで、食卓を豊かに彩ることができます。

 私達の日常生活の中では、この色の系統によるイメージ作りがあちこちで使われています。食の世界では料理だけでなく、器、マット、パッケージ、空間、ロゴなどの周辺要素にも効果的に用いられています。それぞれの色系統についてみてみましょう。

暖色系 赤色、オレンジ色、黄色、ピンク色

 暖色系は交感神経を刺激して、食欲を増進させる効果がある色系です。積極的なイメージを与えるので、購買意欲を高めるためによく用いられています。飲食店の看板やロゴ、商品パッケージなどには暖色系が多いのです。

寒色系 青色、水色、紫、青緑など

「冷たい」「爽やか」などの印象を与える為「寒色系」と呼ばれています。

自然界の食材の中に純粋な青は稀ですが、ブルーベリーや、かき氷のブルーハワイなど、それに近い色や寒色系の印象を与える食材があります。

 寒色系は清潔感、清涼感、などのイメージも与えるので、和食系の器やロゴなどでは青系が用いられています。また、日本では古くから紺色などは伝統的な色としてずっと用いられてきたので、伝統や信頼を感じさせる色でもあります。

中性色系 黄緑色、緑色、茶色、紫色

 暖色系や寒色系は温度を感じさせる色合いですが、その間に位置して温度を感じさせないのが中性色系で、穏やかで落ち着いた印象を与えて、癒しや神秘的なイメージの色合いともいわれます。中性色は組み合わせる色系でいろいろな効果を生み出します。どんな色とも相性がよく、相手色を引き立たせることができます。

 私達の一番身近な中性色の一つは茶色で、ナチュラルな感じを与えますが、そこに加える色によってかなりイメージを変える事が出来ます。

(同じ木製の椅子でも座面や背面の色でイメージは変わる)

色の持つイメージ

 次に色の持つ一般的なイメージや心理的効果について色相ごとに紹介します。ただしこれらのイメージは、文化や個人の経験によって左右されることがあります。それぞれの色のイメージがわかると、食に関わる様々な場面で効果的に色を活用することができます。

赤色 食欲増進、温かさ、活力(トマト、赤ピーマン、クコの実、赤トウガラシなど)
オレンジ色 健康、温かみ、栄養(人参、カボチャ、柑橘類、鮭など)
黄色 明るさ、新鮮さ、豊かな(卵、トウモロコシ、チーズなど)
緑色 新鮮さ、健康 (ブロッコリー、葉野菜、ミントなどのハーブ、抹茶など)
紫色 高級感、神秘性、アントシアニンによる健康効果(ナス、ブドウ、ワインなど)
茶色 素朴、香ばしさ、コク(パン、コーヒー、チョコレート、味噌、ナッツなど)
黒色 高級感、重厚感、引き締め効果(のり、黒ゴマ、黒豆、ヒジキ、黒胡椒など)
白色 清潔感、シンプル、調和(白米、ダイコン、豆腐、牛乳、うどんなど)

色が与える印象と工夫

 苦手な食品の理由に「色が嫌い」という声があるように、色は食べたくないという感情にも影響します。その色をもつ食品に対する過去の不快な経験やイメージが食べたくないと思わせているわけです。

 視覚的な印象を変えるには、食品の皮をむく、ソースをかける、衣などで包むなど調理による操作で解決できることもあります。食品によっては、同じものでも色が違う種類を使う方法もあります。

 視覚だけでなく香りや食感など他の五感を強調させるのも効果的です。例えば香ばしさを強調するために皮目をしっかりと焼く、揚げナスに紫蘇を千切りにしてたっぷり乗せるなど身近な方法もあります。味覚などの五感と視覚からの情報で誰もが感じる色のイメージを変える工夫にぜひトライしてみてください。

美味しさを魅せる

 人は美味しさを感じるとき、視覚・嗅覚・情報・記憶といった様々な要素を無意識に組み合わせています。中でも食を美味しく魅せるためには、色を上手に活用することが大切です。次回は、色の組み合わせ方や配置などについてご紹介していきます。

この記事の執筆者

有限会社コートヤード
代表取締役
新田美砂子

農産物プロデューサー・フードデザイナー
MBA(経営管理修士)、NPO法人野菜と文化のフォーラム理事

「今ある資源を活かす」「もったいないをなくす」「健康的に食べる」をモットーにして、様々な形で農と食を繋いでいる。商品・メニュー開発、地域食材・農産物のマーケティング、地域活性化などを多数手がけてきた。
日本野菜ソムリエ協会講師、城西国際大学では食の知識と体験学習を織り交ぜた「環境と食文化」の講義を5年間担当。近年は様々な現場に携わってきた経験を活かし、食や農に対する「なぜ?」をわかりやすくフラットに伝えている。