「食の楽しみ」 ~食べ頃~
食品を口にした時に「ああ!美味しい」と感じるには、食べ頃は重要なポイントになります。揚げたての天ぷらがカリッと香ばしく美味しい、「もうそろそろ、食べ頃かな?」と思ったメロンがちょうどよい食べ頃で美味しかった、そんな経験はありませんか。
食べ頃とは、最も美味しく味わえる瞬間や頃合いのことです。では私達はどうやって食べ頃を判断しているのでしょうか。あまり意識して考えた事はないかもしれませんが、料理や素材の食べ頃について整理しながら、お話ししてみたいと思います。
食べ頃は五感で見極めている
私達は料理や素材の食べ頃を見極めるのに、特別な道具や測定器を使いません。頼りにしているのは、目・鼻・舌・耳・手。つまり五感で最高のタイミングを判断しているのです。

まずは、見た目。色づきや照り、しわなどは、食べ頃を示すわかりやすいサインです。トマトが全体に赤くなっている、魚の皮目が香ばしく焼けているなど、目で「今が食べ頃」と直感的に感じています。
次に、香り。パンが焼けてくる時の香ばしい香り、完熟したイチゴやメロンの甘い香り。香りは、味覚に先んじて私たちに「美味しさのピークが来ている」と教えてくれます。特に温かい料理は、湯気とともに香りが立ちのぼる瞬間がひとつのクライマックスです。
触覚でもタイミングを感じ取っています。桃をそっと手に取ったときの柔らかさや重みなどからも、「ちょうどいい頃合い」と判断しています。
聴覚も意外と重要です。炒め物のジュッという音、炭火でパチパチと肉が焼けている音などから、そろそろいい感じと捉えています。
そして味覚。実際に口にすることで、食べ頃を迎えていることを判断しています。甘味、塩味、酸味、苦み、旨味という五味が私たちに「今が食べ頃だ」と語りかけてきます。パイナップルの甘さと酸味がちょうどよい頃合い、ぬか漬けの塩味、酸味、旨味の加減がちょうどよい漬かり具合など、味の輪郭がはっきりしてバランスのよい頃合いを「食べ頃」と感じています。
料理のゴールデンタイム
「出来立て」という言葉に心がときめきます。揚げたてのコロッケがサクサクで熱々で美味しい、茹でたての蕎麦が美味しいなど、出来立てが美味しい料理が沢山あるからです。しかし、出来立てでないほうが美味しい料理もあります。例えばステーキは、焼きあがってすぐよりも少し休ませて肉汁が落ち着いた頃が食べ頃です。という事は、美味しいタイミングは料理によって違う訳です。
それぞれの料理の食べ頃とは、食感・味・香り・温度が最高に引き立つゴールデンタイムと言えます。中でも温度は重要です。なぜなら、温度によって美味しさの感じ方がかなり異なるからです。
グラタンは熱々が一番、アイスクリームはカチカチよりも少し柔らかくなり始めが美味しいですね。味噌汁や煮物などは、熱々よりも少しだけ冷めた方が出汁の深みや野菜の甘さがじんわりと広がります。

かぶと鶏肉のグラタン
プロの料理人は、お客様が料理を口に入れる瞬間に最高に美味しくなるように計算して、料理を提供しています。私達はプロ並みとはいかなくても、同じ料理でも提供するタイミングや温度を考えるだけでも、料理の印象がグッと変わって美味しくなります。
素材にも食べ頃がある
素材そのものにも味、香り、食感などが調和してちょうどよくなるタイミングがあります。その鍵となるのが「鮮度」と「熟度」です。素材ごとにこの二つの絶妙なバランスの中に「食べ頃」のがあるので、そのタイミングの見極めが重要なのです。
肉類、魚介類、野菜類、果物などの生鮮食品は、「とれたて=新鮮=美味しい」というイメージがありますが、一概にそうとは言えません。とれたての新鮮なものより、少し時間を置いたほうが美味しいものや、同じ食品でも鮮度が良い時も美味しいけれども、少し熟成した時も違った美味しさになるものもあるからです。少し詳しくお話ししていきましょう。
新鮮さ ~鮮度と味わいの変化∼
鮮度が重要な食品は、劣化が早く味や安全性に直結するものです。多くの食品は、鮮度が高いほど内部にしっかりと水分が保たれています。時間が経過して水分が抜けていくと「食べ頃」を逃すことになります。
鮮度が重要な食品はなるべくすぐに食べたほうが美味しさを楽しめますので、とれたてが手に入る直売所や産直ものは美味しいと人気です。
これからの時期、是非産直もので食べていただきたいのがトウモロコシです。トウモロコシは収穫した瞬間から鮮度劣化が始まり、あっという間に食味が落ちていくからです。最近は「朝獲トウモロコシ」がスーパーでも産地直送で販売されています。

追熟と熟成 ~時間が引き出す素材の力~
食品の中には、とれたてよりも時間が経過したほうが美味しいものもあります。「食べ頃」が時間の経過によって育つもの、それが「追熟」や「熟成」です。
「追熟」というのは、収穫後に味や香り、柔らかさなどが変化していくプロセスです。バナナ、ラフランス、アボカド、メロン、柑橘類などの果物、でんぷん質を多く含んだサツマイモ、ジャガイモ、カボチャなどの野菜が該当します。ちょっと誤解されがちなのがスイカです。スイカはメロンと違って収穫後熟していかないので、なるべく早く食べることをお勧めします。
追熟型のものは、収穫直後は堅かったり甘さも控えめですが、一定時間が経つと呼吸作用により果肉が柔らかくなったり、でんぷん質が糖化していくので美味しくなります。

サツマイモは収穫後、温度・湿度管理されてから出荷する
追熟型の中には追熟してから出荷しているものと、流通している間に熟していくものとがあります。ラフランスやデコポンなどの中晩柑橘類は、収穫後貯蔵しながら追熟させてちょうど良い状態になってから出荷しています。カボチャやサツマイモも収穫後すぐに出荷せず、一定期間保管して美味しくなってから出荷しています。ですから買った時が食べ頃です。
一方メロン、アボカド、桃、トマトなどは完熟状態で流通させると熟度が進んで痛みやすいので、少し早めに収穫して流通している間に追熟させていきます。すると、店頭で硬めだったりちょうどよかったりと熟度にバラつきがあり、食べ頃のものばかりではなくなります。このような場合は、ご自身の五感を使って確認して食べ頃を感じとる必要があります。個々の野菜や果物の食べ頃の見分け方、最近ではインターネットや本に書いてあるので参照してみていただくのも良いと思います。
「熟成」は、時間経過とともに素材の持っているポテンシャルを最大限に創り出すプロセスを指します。主に、肉や魚など動物性の食材、発酵食品に用いられるのが熟成で、魚や肉の筋肉中のタンパク質や核酸が時間の中で分解され、アミノ酸の一種のイノシン酸などのうま味成分が増える現象です。
たとえば白身魚(タイやヒラメ)は、新鮮なものも美味しいのですが、少し寝かせると、ねっとりとした舌触りと深い味わいになります。熟成魚ならではの美味しさです。
肉を1〜3週間ほど冷蔵熟成させる熟成肉が最近流行っています。寝かせることで水分が抜けて旨味が凝縮し、酵素の働きで肉質も柔らかくなります。熟成には温度・湿度・時間の管理が必要であり、コントロールを誤ると「腐敗」に転じてしまいます。
発酵食品は、微生物の仕事と熟成によって熟成を経て食べ頃を創り出しているものです。味噌、醤油、チーズ、ワインなどは発酵という微生物の働きによって素材が分解・変化して、時間経過の中で味や風味が深まっていくから美味しいわけです。
食べ頃になっていない時、食べ頃を逃してしまった時
食べ頃に食べるのが最高だとわかっていても、上手くいかない時もあります。しかし工夫次第で美味しく食べることは可能です。
購入したアボカドやトマトなど果物や野菜が未熟な時は、冷蔵庫に入れず常温で数日置いておくとちょうどよい頃合いになります。また、未熟だからこその食べ方もあります。タイ料理の青パパイヤのサラダは未熟果を使っています。まだ硬いアボカドはスライスして、焼いたりすることもできます。

アボカドのピカタ
食べ頃を逃すこともあります。熟して少し傷んでいる位なら、傷んだ箇所を取り除いて食せばよいですし、生食は無理でも加熱調理なら大丈夫な場合もあります。例えば、ミニトマトがぶよぶよになってしまったら、サラダは無理でもスープや炒めものに加えられます。果物はジャムやソースに活用できます。しなびてしまった葉物は水に戻せばシャキッと蘇ります。
肉や魚も鮮度が落ちかけて食べ頃を逃しても工夫次第で美味しく食べることができます。充分に加熱したり、殺菌作用のあるワサビ、ネギ、生姜等の薬味を効かせる、鮪のヅケの様にマリネする、下味をしっかりつけてから加熱するなどの方法があります。
食べ頃の目安である食品の消費期限や賞味期限は絶対的なものではなく、あくまで一般的な目安です。まずは見た目や臭い、水分量など五感を使って確認して下さい。明らかに臭いが強い、変色が進んでいる時、傷んでいる時は食中毒のリスクが高いので、食べないでください。
最後に~食べ頃を見極める力~
食べ頃を見極めることは、美味しいものを食べるために大切な力です。それを身に付けるには、素材や料理のコツ等の情報を知る事と、食材や料理の小さな変化に気づく感覚を日々の暮らしの中で経験して養っていくことです。今の時代は便利な情報源が沢山あるので参考にしてもらうのが良いと思います。ただ、最終的にはご自分の感覚と経験が頼りになります。なぜなら、人によって食べ頃の感じ方は異なったり、同じ人でも食べる環境やその時の体調によっても変化するからです。
「食べ頃」を見極めることは、食材や料理とじっくりと向き合うことでもあります。単に美味しさを追求することではなく、食材の声に耳を澄ませたり、食べる人の事を想い巡らすことで、日常に喜びや発見をもたらしてくれる時間でもあります。そして、食べる楽しみや豊かな食に繋がっていくのです。
この記事の執筆者

有限会社コートヤード
代表取締役 新田美砂子
農産物プロデューサー・フードデザイナー
MBA(経営管理修士)、NPO法人野菜と文化のフォーラム理事
「今ある資源を活かす」「もったいないをなくす」「健康的に食べる」をモットーにして、様々な形で農と食を繋いでいる。商品・メニュー開発、地域食材・農産物のマーケティング、地域活性化などを多数手がけてきた。
日本野菜ソムリエ協会講師、城西国際大学では食の知識と体験学習を織り交ぜた「環境と食文化」の講義を5年間担当。近年は様々な現場に携わってきた経験を活かし、食や農に対する「なぜ?」をわかりやすくフラットに伝えている。