老化細胞
炎症と細胞の老化から老衰と死まで
私たちの身体では、外傷や感染によって損傷した組織を治癒させるための防御反応として炎症が起きます。
また、高齢者施設や病院で高齢者のケアに携る医療職の方から、外傷や何かに感染している様子はないのに「炎症反応が出ている」「炎症が治まらない」などと聞くことがあります。
このふたつの炎症は同じものなのでしょうか。
それとも違ったものなのでしょうか。この炎症と老化との関係性、そして老化と老衰。さらには生物としての死までを考えてみます。
急性炎症と慢性炎症
炎症には急性炎症と慢性炎症とがあります。
急性炎症は、主に「感染」「外傷」「毒素」などの急な刺激に対する防御反応で、短期間で発症して数時間から数日間で治まります。症状としては腫れ(浮腫)、発赤、熱感、痛みなどになります。
慢性炎症は、自己免疫疾患や長期感染に対するものですが、高齢者の場合は「細胞の老化」や「免疫システムの変化」「酸化ストレス」などによって、慢性的な低レベルの炎症が発生します。
高齢者施設や病院で耳にするのは、この高齢者に現れる慢性炎症になります。急性炎症は防御反応ですから、言ってみれば身体を守る反応ですが、慢性炎症は逆に人に体を蝕み、老化や疾病、最終的には死にも影響を与えるものになります。
その原因として考えられるものは、高脂肪や高糖質の食事、喫煙やアルコールの過剰摂取、精神的なストレスなどで、その積み重ねが高齢になってから細胞の老化を促進していると考えられます。
慢性炎症では、体内で炎症性サイトカイン(炎症性物質)を絶えず分泌する状態を引き起こし、それが老化を加速させていきます。(炎症性サイトカインとはインターロイキン-6(IL-6)、腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)、インターロイキン-1β(IL-1β)など炎症性物質のことです)
高齢者施設や病院などでは、その判定にCRP(C反応型タンパク質)というマーカーが多く使われています。これは肝臓で産生されるたんぱく質で、炎症が発生するとその濃度が上昇しますので、急性炎症や慢性炎症の状態を評価する際に比較的簡単に使われることとなります。(正常:0.3mg・dl以下・軽度0.3~1.0mg/dl・中等度1.0~10.0mg/dl・重度10.0mg/dl以上)
慢性疾患を抱える高齢者では、CRPが1.0~3.0mg/dl程度上昇することがありますが、この範囲は通常、慢性炎症や加齢による影響が考えられます。
慢性炎症と老化細胞
慢性炎症が継続していくと、体内では炎症性サイトカインが絶えず分泌される状態となり、それがさらに細胞の老化を進めることになります。そのプロセスは以下の通りです。
- 細胞の損傷:慢性炎症によって細胞が繰り返しダメージを受ける。
- 老化細胞の誘発:ダメージを受けた細胞が「老化細胞」に変化する。
- 炎症の持続:老化細胞が炎症性サイトカインなどを分泌して、周囲の細胞にダメージを与える。
3で「老化細胞が炎症性サイトカインなどを分泌」としましたのは、老化細胞からは炎症性サイトカインだけではなく、ケモカイン(細胞間の相互作用を媒介するタンパク質)やプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)なども分泌していて、それらを含めた物質のことを指します。この物質は纏めてSASP(老化関連分泌現象)といいます。
こうして平常の細胞が老化細胞に変化していくのですが、この老化細胞とはどういったもので、平常の細胞と何が違うのでしょうか。
細胞は分裂を繰り返し、新しい細胞へと生まれ変わっていきます。そして残った細胞の残滓は貪食細胞(どんしょくさいぼう)とも呼ばれているマクロファージという白血球の一種が除去していきます。ところが、老化によって分裂をやめても除去されない細胞が発生してきます。これが老化細胞です。
- 1分裂しない:寿命を迎えたりDNAが損傷が起きると、細胞は分裂を停止します。
- 除去されない:本来はマクロファージにより除去されますが、加齢とともに除去されず体内に残ります。
- SASPをもつ:この分泌物が慢性炎症を引き起こします。
老化細胞の蓄積
老化細胞は除去されないだけではなく、SASPを分泌し、周辺の健康な細胞にも働きかけ老化細胞化させていくことが分かりました。
最近の研究では、SASPはマクロファージの貪食能力も削いでいることが分かってきています。役割り(細胞分裂)を終えたのに除去されず、さらには他の細胞も老化細胞にしていく。そんなことから老化細胞はゾンビ細胞と呼ばれることもあります。まさにゾンビが毒を巻きながら周辺をゾンビ化しているような状態です。
そんなゾンビ細胞が体内で繁殖していき、身体をどんどん老化させていくと考えるとぞっとしますが、実際に老化細胞は、心臓や血管、肝臓、腎臓などの内臓、筋肉や骨、皮膚に蓄積していき、それら器官を老化させています。同じ年なのにとても老けていたり、顔のしわが多かったり、身体能力が弱かったりする理由はここにあるのです。
見た目だけのことであれば、まだ被害は少ないのですが、心臓や内臓であればその働きを弱めますし、筋肉は萎縮することでサルコペニアやフレイルに繋がっていきます。また老化細胞の増加が免疫系に負担をかければ、感染症に対する抵抗力が弱まります。こうして身体の老化は進み、他の疾病を招いたり老衰へと進んでいくことになります。
老化細胞の疾病への影響
具体的に老化細胞がどのような形で他の疾病に影響していくのかを見ていきたいと思います。
- がん:老化細胞が分泌するSASPによって、がん細胞周辺の正常な細胞にダメージを与え、転移や増殖を助長することになります。またSASPが免疫系の働きを抑制することで、がん細胞の免疫回避を助長します。しかし一方では、老化細胞は分裂を停止するため、潜在的にがん化する可能性のある細胞の増殖を抑制します。
- 糖尿病:老化細胞が分泌するSASPによって、インスリンの働きを妨げたり、慢性的に脂肪組織の機能を低下させインスリン抵抗性を悪化させたり、すい臓のインスリン分泌細胞に影響を与えたり、合併症を促進したりします。
さらに悪いことに、糖尿病は老化細胞の増加を助長することが分かっていて、糖尿病の高血糖が細胞に直接ダメージを加え老化細胞の形成を促進します。 - アルツハイマー病:老化細胞が分泌するSASPによって、脳内の炎症を引き起こし、神経細胞の働きを低下させると同時に、脳の免疫細胞であるマイクログリアが過剰に反応し、神経細胞にダメージを与えます。
さらに、アルツハイマー病で脳内に蓄積されるアミロイドβを処理する能力が低下したり、血液脳関門(脳を保護するバリア)の機能を低下させたりと、疾病の進行を助長します。 - 心血管疾患:老化細胞が血管壁に蓄積すると、血管の硬化と弾性低下を引き起こし血
圧が上昇し、動脈壁に蓄積すると炎症とプラーク形成が促進され、このプラークが破裂すると血栓が形成され、心筋梗塞や脳卒中のリスクが高まります。
また、血管内皮細胞の老化、平滑筋細胞の老化、免疫機能の低下にもつながり、心血管全体のリスクとなっていきます。 - 関節炎:老化細胞が関節内に蓄積すると、軟骨の破壊や炎症が進行し、関節痛や可逆性の機能低下を引き起こします。
- 肺疾患:老化細胞が肺に蓄積すると、呼吸機能を低下させ、慢性閉そく性肺疾患(COPD)を悪化させます。
慢性炎症、老化細胞と老衰の関係
老衰とは、身体の機能が全体的に低下して、病気や外的ストレスに対する耐性が弱くなることですが、これまで見てきた通り慢性炎症や老化細胞の蓄積はこの老衰の主要な要因となります。
老衰に伴う炎症反応では、身体全体で低レベルでの慢性炎症が持続的に継続し、免疫機能の低下が炎症をコントロールできなくなります。そして老化細胞が分泌するSASPがさらにこれを促進していきますが、その要因としては、栄養状態の悪化、腸内環境の変化、運動不足、心理的ストレスなどが考えられます。
また、老衰の炎症反応は以下のようなプロセスで進行していきます。
- 初期段階:老化細胞の蓄積が進行し、SASPが局所的に炎症を起こします
- 中期段階:局所的な炎症が全身に影響を及ぼす。この段階では血液中に炎症性サイトカインが検出され、全身に低レベルの炎症を起こします。また肝臓、腎臓、心臓などの重要臓器で機能低下が顕著になり、臓器間での調整機能も失われます。
- 終末期:炎症によるダメージが再生能力を超え、新たな病原体への応答もできなくなります。また心不全、腎不全、呼吸不全などの多臓器不全を引き起こし、これらが死の主要原因となっていきます。
老衰と点滴
老衰が進行すると、身体の全ての機能が低下し、エネルギーや水分の必要量も減少します。
この状態で点滴を行うと、以下のような問題が生じ、その方を苦しめることがあります。
- 体液過剰による負担: 老衰した身体では腎臓や心臓の機能が低下していて、余分な水分を輩出する力が弱まっています。その結果、点滴で補給された水分は体内に留まりやすく、むくみ(浮腫)により手足や全身に水分がたまり不快感を伴ったり、肺水腫により呼吸困難や息苦しさを引き起こすことになります。
- 消化管への負担: 点滴による栄養補給が過剰になると、老衰した消化器官がそれを処理できず、嘔吐や下痢を招くことがあります。
- 自然な経過の妨害:老衰は自然な「枯れていく」過程の一部であり、身体の水分やエネルギーの代謝が緩やかに低下します。この過程を無理に点滴で逆らうことは、その方の苦痛を長引かせるだけになります。
生物としてのヒトは、誕生から細胞分裂を繰り返し、年を取るとともにその速度が減速し細胞が老化し、身体の諸器官の機能が低下して老衰として亡くなっていくものと思っていました。
しかし、誕生から死への行程の中で最終段階にある老衰は、様々な疾病をかいくぐった先にある生物としての最終段階であり、静かに枯れていくのが自然な姿なのだと思います。
この記事の執筆者

江頭 瑞穗
神奈川県出身 1987年設立の学校法人国際学園横浜国際福祉専門学校にて、介護福祉士、社会福祉士、社会福祉主事(任用)、保育士、幼稚園教諭などの養成を行う学科、コースの設立を主導し、事務長、事務局長を経て1991年理事長に就任。1995年同職を辞し、学校法人、社会福祉法人のコンサルタント業務を開業。翌1996年 株式会社日本アメニティライフ協会を設立し、グループホームケアの実践を行うと共に、神奈川県、東京都に限定した介護事業を展開。現在、子会社にて日本語学校を経営するとともに、社会福祉法人理事長として特別養護老人ホーム、老人保健施設、また医療法人理事としてクリニックの経営に携っている。
この記事は医師に監修されています

医療法人社団飛峯会
八王子北クリニック
理事長・院長
松田 兼一 先生
早稲田大学理工学部および大学院理工学研究科を修了後、千葉大学医学部を卒業。救急医療や集中治療を専門とし、東京慈恵会医科大学附属柏病院や千葉大学医学部附属病院での勤務を経て、山梨大学医学部で教授として救急集中治療医学講座を担当。
また、米国ミシガン大学での研究員経験も持ち、国際的な視点を活かした医療に携わる。現在は医療法人社団飛峯会八王子北クリニックの理事長・院長を務め、地域医療や在宅医療にも力を注ぐ。日本救急医学会および日本集中治療医学会の専門医として、幅広い医療分野に貢献。