「食の楽しみ」~旬について

「食の楽しみ」~旬について~

もっと食を楽しむために

 私達は基本的に一日3回365日食事をしていますので、長い人生の中で食事の時間は大きな割合を占めます。ですから、どんな方でも出来る限り食事が楽しい時間であることが、生活の質を高めることに繋がります。つまり、その人らしく豊かな時間を過ごすためには「食の楽しみ」は欠かせないものです。

 しかし、食は社会や環境の変化などから大きな影響を受けるので、食を取り巻く状況は変化し続けます。
ですからずっと同じスタイルや同じ考え方で食を楽しむことは困難です。時代や状況に合わせて考え方ややり方を変えていかなければなりません。その時代にあった楽しみ方をするためには、特に何をどう選んだらいいのかという「食を選ぶ力」が重要です。

 食を選ぶ力は、食や食材に関する情報や知識、五感で感じることで身に付いていきます。ここでは「食の楽しみ」を増やすために食を選ぶ力に必要な情報や知識をお伝え出来ればと思っています。今回は、「旬」についての話です。

「旬」とは

 日本では昔から四季折々の季節の移ろいを食で楽しむという習慣があります。春夏秋冬それぞれの季節感を楽しめる食材や料理を食べてきましたし、行事食は季節に大きく関係しています。

 「旬」という言葉は、一般的にはその時期に美味しい食材に使われていて、特に魚、花、野菜、果物などに用いられています。四季折々の季節の美味しいものを食べる事が、「旬」を楽しむことになっています。 野菜や果物の「旬」とは、本来その野菜や果物が「植物として無理なく栽培され、大量に収穫でき、栄養価も高く美味しい時期」のことを指します。

 「旬」という概念は日本独特のものと言われていますが、他の国でも、その季節の食を楽しむライフスタイルはあります。ただ、世界を見回せば四季がない国も沢山ありますので、季節感を食で楽しむ感覚をもっている人達はそう多くはありません。

初物好きの日本人

 日本人は季節を食で感じてきましたが、特に「初物」が好きです。「初物」というのは旬の走り、つまりその食べ物の旬の始まりを意味します。昔から初物を食べると、寿命が延びたり、福を呼ぶという俗信もあったり、江戸っ子の間では、初物を競って求めるのが「粋」の証であったりしたのです。

 しかし初物好きに水を差すようで申し訳ないのですが、初物がすごく美味しいとは限りません。なぜならば、旬といわれる一定の時期の中で供給量も美味しさも一定ではないからです。一般的には出始めよりももう少し後のほうが、もっと安価で美味しいことが多くあります。春の初ガツオよりも秋の戻りカツオのほうが美味しいという人もいます。

 それなのにまだちょっと高い出回り始めのものをつい買ったり食べたくなるのは、日本人が持っている旬を楽しむ習慣があるからでしょう。

「旬」がわかりにくくなった

 「旬」がわかりにくくなったという声をよく聞きます。それは、本来の旬以外にも供給されるようになり、旬の時期が長くなったりずれてきたからです。農産物だけでなく魚も養殖されるようになり、季節でなくても供給できるようになりました。

 なぜ、旬以外にも供給されるようになったのかというと、美味しいものはもっと食べたい、ずっと食べたいというニーズがあるからです。ニーズがあるものを作れば売れるのが商売の基本です。さらに、従来よりも長い期間収穫できればその分収益は上がります。また同じ時期に大量に出回れば価格は安くなりますが、少なければ高くなりますので、ずらして作ればメリットがあります。

 こうして、農産物は本来の栽培時期よりも長く栽培したり、ずらして栽培するための工夫がされてきた結果、旬の時期がわかりにくくなってしまいました。

促成栽培と抑制栽培

 もともとの旬の時期の前倒しを「促成栽培」と呼びます。ハウスみかんのように、通常は秋に収穫されるものをハウスで栽培して前倒して早く出荷するものです。山菜は春に野山で採れるものですが、一部の山菜は野菜化していて屋内で栽培されているので、まだ雪解けしていないような時期にもう店頭にでて、後から天然ものがでてきます。

 旬の後ろ倒しが「抑制栽培」です。普通よりも遅く種まきをして、通常の旬よりも遅く出荷します。本来夏に収穫するキュウリ、ナス、トウモロコシなどをずらして秋に収穫できるようにしています。促成栽培や抑制栽培が増えることで、旬が長くなります。

栽培方法で旬が長くなった

 時期をずらすだけでなく、栽培期間を長期化することでも旬が長くなります。アスパラガスは栽培方法が進化してが長くなった例です。

アスパラガスは芽吹き野菜と呼ばれ、養分を蓄えた土中の株から春に芽がでたものを食べる野菜です。株の栄養がなくなれば芽が出てこなくなるので、株の栄養があるうちだけ、春しか楽しめなかった野菜です。

しかし、何度も芽を出せるような栽培技術が確立されたので、春から初秋まで長く店頭で見かけるようになりました。

土中から芽を出したアスパラガス

夏野菜と呼べなくなったトマト

 トマトが一番多く出回って美味しい時期は春です。もともと涼しく乾燥したアンデス高地生まれの野菜ですので、高温多湿の日本の夏は苦手です。昔は日本でも夏に露地栽培をされていましたが、現在では食用トマトは防疫上の理由などから100%ハウス栽培になっています。

これだけ高温多湿な日本の夏のハウスの中はトマトにとっても厳しい環境なので収穫量が落ちます。

もちろん夏もトマトは主に冷涼な東北や北海道などで作られていますが、じっくりと時間をかけて赤くなった春のトマトのほうが食味も安定していますし、供給量も多くなっています。トマトは夏野菜のイメージですが、実際の旬は異なっているのです。

ハウス内のトマト

ニーズにあわせて旬が変わったイチゴ

ハウス内のイチゴ

 他にも旬の時期が変わってしまったものがあります。それはイチゴです。現在一番多く出回っている時期は冬から春にかけてです。しかしイチゴの本来の旬は春です。露地ですと春に白い花が咲いて実がなります。

 なぜイチゴの旬が春から冬になったかというと、イチゴの需要が多いのはクリスマスの時期なので、その時期に出荷できるような栽培技術が確立されたからです。旬をずらして栽培するのが当たり前になった結果、イチゴの旬は春ではなくなりました。

周年栽培

 栽培技術や資材などの進歩や品種の改良などによって、旬を伸ばしたりずらしたりしていった結果、周年栽培が可能になっていきました。例えばキュウリ、ナス、ピーマン、オオバ等は本来は夏の野菜ですが、一年中あるのが当たり前になっています。一年中安定供給できるものは大量調理の場合、計画的にメニューに取り入れやすくなります。

大葉のハウス内

 しかしどんな野菜や果物でも一年中安定的に同じ品質で栽培できるかというと、そうではありません。例えば、ハウス栽培は屋内なのでいつも一定量、同品質のものが出来ると思われがちですが、屋内であっても日照、温度、湿度等の影響を受けますし、病気や害虫などによるダメージもあります。農産物は植物なので、工業製品のようにいつでも均一にはできないのです。

産地リレー

 日本列島は縦長で緯度が異なるので桜の開花がずれて北上していきます。同様に同じ作物でも作るタイミングがずれていくのを「産地リレー」と呼んでいます。南から北へ、北から南へ、あるいは平地から高地というようにバトンを渡すように移っていきます。

 スイカの主産地を例にとってみると、熊本のピークが5月で、そこから北上して6月にピークを迎えるのが千葉、さらに北に行って7月、8月にピークを迎えるのが山形です。キャベツの主産地は冬場は温暖な愛知、春は神奈川や千葉、夏場は群馬県や長野県といった標高の高いところにバトンを渡していきます。このように産地が移り変わっていくことで、同じものを長く楽しめるようになっています。

人が旬を変えてきた

 第二次世界大戦前までは、野菜や果物はほぼ露地のみで生産されてきました。しかし戦後の大量生産大量消費の時代に、栽培技術の向上や資材・施設の改良や工夫によって、多くの農産物が本来の旬でなくても作れるようになりました。

 つまり植物本来の旬を人が変えてきたのです。そして日本人が持ってきた「旬」がわかりにくくなり、その概念も薄れてきました。一体いつが一番おいしい時期なのか、よくわからなくなってしまったのです。

気候変動の影響

 さらに最近では気候変動や地球温暖化の影響で、ますます旬がわかりにくくなっています。いつもと同じ時期に種を蒔いても芽がでない、豪雨で流されてしまう、急激な温度変化などで生育不良になるなど、農作物に大きな影響がでています。海では海水の上昇や海流の蛇行などで、魚の生息条件が変わって、これまで獲れていた漁場で獲れない、意外なところで大量に獲れるなどこれまでとはかなり違ってきています。

 本来ならば沢山出回るべき時期にモノがでてこなかったり、量が少なければ価格は当然高騰してしまいます。

これまでの旬の概念が通用しなくなってきた

 ここまでお話しをしてきたように、人間が人為的に旬を変えてきたこと、地球環境の変化などの影響により、旬という概念そのものが通用しなくなってきました。この傾向はこれからも続くでしょう。

 また、春夏秋冬という四季がはっきりしなくなれば、「この時期になったらこれを食べる」という日本人の四季の変化を食で感じるというこれまでの習慣も、難しくなったり変わっていかざるを得ないのかもしれません。

食の楽しみを持続可能に

 しかし、元々その時期に美味しいものを食べるのが「旬」ですから、季節感をこれまでのようにタイムリーに楽しめないとしても、その時に潤沢にある美味しいものを食べることは可能です。また生鮮品だけでなく、保存してあるものを上手く使うことで「食の楽しみ」を持続可能にしてくことも可能です。

 例えば、年間を通して安定供給される周年栽培のものと、その時豊富にあるものを上手く組み合わせて使う、「この食材でなければこの料理は作れない」とこだわらずに柔軟に考える、調理方法で工夫する、あしらいや食器やテーブル周りなどで工夫するなど、小さい事でも対応できることは色々あります。また、今何が潤沢にあるのかという情報をキャッチすることも大切になります。

 時代や状況が変化しても、「食の楽しみ」はこの先も失いたくないものです。そのために、今私達は昔からの概念にこだわらず、新しい知恵や工夫を試されているのだと思います。

 

この記事の執筆者

有限会社コートヤード 
代表取締役
新田美砂子

農産物プロデューサー・フードデザイナー
MBA(経営管理修士)、NPO法人野菜と文化のフォーラム理事

「今ある資源を活かす」「もったいないをなくす」「健康的に食べる」をモットーにして、様々な形で農と食を繋いでいる。商品・メニュー開発、地域食材・農産物のマーケティング、地域活性化などを多数手がけてきた。
日本野菜ソムリエ協会講師、城西国際大学では食の知識と体験学習を織り交ぜた「環境と食文化」の講義を5年間担当。近年は様々な現場に携わってきた経験を活かし、食や農に対する「なぜ?」をわかりやすくフラットに伝えている。