人手不足時代を生き抜くための戦略と視点
現在の日本では介護職に限らずあらゆる分野で人手不足になっています。原因は少子高齢化と云われていますが、世界的、歴史的にはどんな状況で今後どうなっていくのかを考えてみます。
介護職不足の背景と今後の見通し
人口ボーナスから考える
人口ボーナスとは、考える人口構成の変化によって経済成長が促進される現象を指します。特に生産年齢人口(15~64歳)の割合が増加し、扶養を必要とする子供や高齢者の割合が少ない状態のことです。
この時期には、労働人口が多いことで経済活動の担い手が増え、生産性が向上する一方で、扶養される人口が少ないため、家計の余剰資金が増え貯蓄や投資に回されることとなります。
さらには教育や医療への社会投資が集中させ易く、労働者の生活の質向上に繋がります。
日本では高度成長期(1950年代~1970年代)が人口ボーナスのメリットを享受した時期にあたり、そのため次以下のような社会を作り上げることが出来ました。
高度成長期の社会
- 労働力の増加 :戦後のベビーブームで生まれた世代が労働市場労働内容の集約化であり、もう一つがAI、IOTの活用労働内容の集約化であり、もう一つがAI、IOTの活用に参入し、豊富な労働力が経済成長を支えました。
- 産業構造の変化 :農業中心の経済から、製造業や工業を中心とした経済に移行しました。自動車や家電製品を製造する企業が成長し、労働需要が高まるとともに、個人消費が増大しました。
- 輸出の拡大 :自動車や白物家電、テレビなどの品質が世界的に評価され、輸出産業が反映しました。このことでまた国内雇用が増加し良いスパイラルで回ることになりました。
この時期には、企業は終身雇用や年功序列型賃金を提供したことで、安定した収入を得ることができる労働者が増えました。
そしてその労働者の所得は年々増加し、消費意欲が高まり生活水準が向上することとなりました。また高速道路や新幹線の建設などにより、地域経済も活性化して地域間格差が縮小しました。
国別の人口ボーナス期
世界に目を向けてみると、人口ボーナス期はイギリスが1950年頃から2010年頃、フランスが1950年頃~2005年頃、ドイツが1950年頃から1970年頃、中国が1980年頃から2015年頃、韓国が1980年代~2010年頃で、それぞれ人口ボーナスを享受し終わっている時期になっていますが、アメリカだけは1940年頃から2020年頃まで続いていて、現在もまだ継続しています。これは高い移民率によるものと考えられています。
国名人口ボーナス期(年)
イギリス | 1950年頃~2010年頃 |
ドイツ | 1950年頃~1970年頃 |
韓国 | 1980年代~2010年頃 |
フランス | 1950年頃~2005年頃 |
中国 | 1980年頃~2015年頃 |
アメリカ | 1940年頃~2020年頃まで(現在もまだ継続中) |
日本を含め人口ボーナス期が終了した国々は、生産年齢人口が減少し人手不足になるため、これまでの経済発展を続けようとすると、他国から人手を得ていくか、減った労働者の生産性を高めていくしか方法がなくなっていきます。
ちなみに、現在人口ボーナス期にあるアジアの国は、フィリピン(2015~2050)、インド(2005~2040)、カンボジア(2010~2040)、ベトナム(2000~2035)、ミャンマー(2010~2040)、インドネシア(1990~2035)、ネパール(2010~2040)などが挙げられ、今後はバングラデシュ(2025~2050)、パキスタン(2025~2055)などに移り、さらには、ナイジェリア、エチオピア、タンザニアなどのアフリカ勢へと移っていきます。
人口ボーナス期にある国では、労働人口が国内産業だけでは賄いきれないと、余剰な労働者が国外に仕事を求めることとなります。
国名人口ボーナス期(年)
フィリピン | 2015~2050年 |
インド | 2005~2040年 |
カンボジア | 2010~2040年 |
ベトナム | 2000~2035年 |
ミャンマー | 2010~2040年 |
インドネシア | 1990~2035年 |
ネパール | 2010~2040年 |
バングラデシュ | 2025~2050年 |
パキスタン | 2025~2055年 |
日本の人手不足の問題は、日本だけの問題ではなく世界の構造的な問題で、その中でどう対策をとっていくのかを考える必要があります。
そこで、外国人側から見るとどんな国に働きに出たくなるのかを考えてみます。
重要な2つの視点
経済面 【 経済面と生活 】
海外に出ようとする者には重要な2つの視点があると考えられます。まずは経済面です。
海外に出て働く一番の動機はやはり賃金だと考えられます。一体いくら稼げて母国の家族に幾ら送金できるのか、これは切実な問題です。
国別の最低賃金
現在、日本は円安の局面に入っていて海外から人を呼ぶには不利だと言われていますが、最低賃金を見ると、日本が全国平均で1,055円(東京1,163円)で、韓国1,103円、台湾720円、中国283円、タイ195円でアメリカ(ニューヨーク)が2,170円で、飛びぬけて低いわけではありません。

国別の1時間あたりの最低賃金
ビックマック指数
ここに物価の影響を加味してみます。
マクドナルドのビックマックの価格で各国各地の物価を比較するビックマック指数をみますと、日本480円、韓国601円、台湾343円、中国531円、タイ570円、アメリカ856円となります。
単純に1時間の最低賃金でビックマックがいくつ買えるかをみますと、日本2.2個、韓国1.8個、台湾2.1個、中国0.5個、タイ0.3個、アメリカ2.5個となります。
アメリカほどではないですが、物価を加味した最低賃金では不利であるとは言えないようです。

最低賃金でいくつ買えるか?
アメリカの政策によりドル安になっていけば円高に振れるかもしれませんが、日本経済の低成長が長期化していて、デフレからの完全脱却が実現していないだけに一気に円高になっていくとは考えにくくあります。
生活環境 【 経済面と生活環境 】
日本のアピールポイント
そんな中で何をアピールすべきかは、もう一つの側面である生活環境にあると考えられます。
日本の治安の良さや市街地の清潔さなどの生活の質の高さは他国よりも優位にあり、特に女性労働者には大きな魅力となると思われます。

また、日本のアニメは全世界的にファンが多く、特にどの国に行こうかと迷っている若い層には大きなアピールポイントではないでしょうか。
生活面で安心できて、アニメのような日本文化に触れることもできる。これは経済面で大きなメリットがなくとも選ばれる理由になると考えられます。
他国と同等なものや劣位にあるものを気にするのではなく、優位にあるものを前面に出してアピールしていくことで、選ばれる国になれると思います。
また、ミャンマーでは軍と反政府勢力との内戦状態がありますし、中国の台湾への軍事侵攻が心配されたり、ロシアに協力している北朝鮮はロシア・ウクライナ戦争が終結したら休戦状態にある韓国に武力侵攻するのか、などアジアでの不安定要素を考えれば、安心して暮らせる日本は十分にアピールできます。
職種の変化
生産性の向上
人手不足を解消するには、他国から人手を確保するという方法のほかに、一人一人の生産性を高めるという方法があります。
一つが労働内容の集約化であり、もう一つがAI、IOTの活用になります。
労働内容の集約化
労働内容の集約化とは、労働の質や効率を高めるために、重複する業務や無駄なタスクを削減し、個々人が担う業務の範囲を最適化することで、重要なタスクや付加価値の高い作業に集中させていくことです。
携る全員で生産工程や業務プロセスについて常に考え、日々の小さな改善を積み重ね無駄を排除していくという、トヨタの「カイゼン」は全員の生産性を高めています。
介護の世界でも、「カイゼン」の手法の一つである5S活動(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)を取り入れて、作業環境を整えて効率性と安全性を高めている事業所があります。

また、星野リゾートの「マルチタスク」は、従業員が複数の業務を横断的に行う(例:フロント業務をしていた者が、レストランで調理や配膳の業務を行う)ことで、一人一人の生産性を高めています。
介護の世界でも、ケアマネ業務も介護業務も送迎業務や請求業務を行うといった形で溶け込み始めています。
AI、IOTの活用
AI、IOTの活用については、大きなチャンスがあると考えられます。
日本の人口ボーナス期には、その人員を受け入れるだけの製造業や工業に求人があり、成長に寄与したことは先に述べた通りですが、現在の人口減少期を克服すべくAI、IOTを利用していくと、現在の職種の中で無くなっていくものや現在の人員数は必要なくなるものが出てくることになります。
つまり、AIやIOTが今の仕事を代替してしまい、そこで働く人が不要になるということで、その人たちは職種を変えていかなければならなくなります。
AIが想定する失職する職種
どのような職種の人がどれくらい職を失うのでしょうか。AIを利用して想定してみました。
最近、スーパーに行くとセルフレジが多くみられるようになりました。将来的にはAmazon Goのようなカメラやセンサーなどを活用した完全無人店舗が増えてくると思われます。
職種 | 短期的(5年以内) | 長期的(10~15年後) | ||
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レジ打ち業務 | 30~50% | 15~20万人 | 70~90% | 35~45万人 |
データ入力・書類処理などの単純事務職 | 30% | 20~30万人 | 60% | 50~70万人 |
運輸・物流業界、倉庫業務者 | 10~15% | 10~20万人 | 40~50% | 50~80万人 |
製造業の単純作業 | 10~20% | 30~50万人 | 50~70% | 100~150万人 |
コールセンターやカスタマーサポート | 20% | 10~15万人 | 50% | 30~40万人 |
その結果、レジ打ち業務が短期的(5年以内)には30~50%(15~20万人)、長期的(10~15年後)には70~90%(35~45万人)が、商品補充などに回るか他業種に移ることとなります。
同様にデータ入力や書類処理などの単純事務職は、AIによる業務自動化(RPAなど)の進展で、短期的には全体の30%(20~30万人)、長期的には60%(50~70万人)減少します。
運輸、物流業界ではドライバー不足が深刻な問題になっていますが、倉庫内のピッキング作業や配送計画の自動化が進むことで、倉庫業務者は10~15%(10~20万人)、長期的には完全ロボット化倉庫などが普及し、40~50%(50~80万人)減少すると考えられます。
その他にも、AIやロボットの導入、完全自動化工場(スマートファクトリー)の普及などで製造業の単純作業は、短期的には10~20%(30~50万人)、長期的には50~70%(100~150万人)、また音声認識やチャットボットの活用、更にはAIでの問い合わせ対応等により、コールセンターやカスタマーサポートの人員は、短期的には20%(10~15万人)、長期的には50%(30~40万人)減少するとみられています。
これらを合わせると、短期的(5年以内)に職種変更する人が85~140万人、長期的(10~15年後)には270~400万人いると考えられます。
人手不足のために導入されるAIとIOTは、短期的には「補助的な業務の自動化」を担い、長期的には「基幹業務の完全自動化」へと繋がり、幅広い職種に影響を及ぼすこととなります。
求人難ではありますが、外国人ワーカーの採用や業種変更者の採用など、どんなターゲットにどのようなアプローチか検討していけば採用のチャンスは広がっていきます。
経営的に安定することで従業者を守れる体制、未経験でも受け入れていく組織、柔軟な働き方にも対応できる現場などをアピールして、事業者も就業希望者を選び、就業希望者も事業者を選ぶという対等な関係で現場を創っていけば、必ずや介護職不足も克服できます。
この記事の執筆者

江頭 瑞穗
神奈川県出身 1987年設立の 学校法人国際学園 横浜国際福祉専門学校にて、介護福祉士、社会福祉士、社会福祉主事(任用)、保育士、幼稚園教諭などの養成を行う学科、コースの設立を主導し、事務長、事務局長を経て1991年理事長に就任。1995年同職を辞し、学校法人、社会福祉法人のコンサルタント業務を開業。
翌1996年 株式会社日本アメニティライフ協会を設立し、グループホームケアの実践を行うと共に、神奈川県、東京都に限定した介護事業を展開。現在、子会社にて日本語学校を経営するとともに、社会福祉法人理事長として特別養護老人ホーム、老人保健施設、また医療法人理事としてクリニックの経営に携っている。