介護職に必要な能力とは?
『HELPMAN JAPAN(ヘルプマンジャパン)』による「介護未経験者への意識調査(2023年)」(2024年3月18日リリース)https://helpmanjapan.com/pdf/20240318.pdfによると、介護の仕事に対するイメージは「社会的な意義の大きい仕事だと思う」(38.3%)が最も高く、「資格や専門知識を活かすことができる業界だと思う」(23.8%)、「専門知識や技術面でスキルアップしていける業界だと思う」(23.8%)となっており、社会的意義があり、専門性のある仕事というイメージが強いことがわかります。 では、実際に介護の仕事にはどのような能力が求められるのでしょうか? またその能力はどのように高められるのでしょうか?
能力向上とは「知」の獲得
ここでいう能力とは、職務を行うために必要な能力のことで、人事用語でいう「職務遂行能力」のことを指しています。職務遂行能力を高める取組みは、組織の立場から言えば「人材育成」であり、個人の立場から言えば「学習」あるいは「知の獲得」として捉えることができます。
介護職の職務遂行能力に関しては実証研究※1)もありますし、実務的にも介護プロフェッショナルキャリア段位制度(厚生労働省)等において獲得すべき知識や技能について整理が試みられています。
いろいろな捉え方があると思いますが、本稿では、介護職が獲得すべき知について、知識創造理論を提示した野中郁次郎氏による「知」の分類に沿って考えてみたいと思います。野中氏による「知」の分類は、「形式知」、「暗黙知」、「実践知」の3つであることは広く知られています※2)。それぞれについて考えてみましょう※3)。
机上の学習で得られる形式知
まず形式知についてです。形式知は、言語化された明示的な知識で、形式的・論理的言語によって共有・伝達できる知識です。例えば、テキストやマニュアルに書かれているものは形式知と捉えることができます。
介護の現場に当てはめて考えると、養成講座や資格取得のための机上の学習、知識獲得型の研修やセミナー、テキストや書籍を通じて獲得することができるものが該当します。
断片的な知識の習得よりも、体系的に学ぶことで、俯瞰的なものの見方ができるようになるでしょう。言語化された科学的知識を体系的に学ぶことは、介護職として仕事をする上での共通言語を獲得すると言ってもよいでしょう。
医療でも介護でも根拠が重視され、「なんとなく」とか「直感的に」というわけにはいきません。根拠の説明にはやはり形式知が重要になってきます。形式知の獲得は[know why](なぜそうするのかを知ること)だからです。資格さえ取れば良い介護ができるわけではありませんが、専門職として必要な形式知を軽視することはできません。
組織としても、各種研修等の受講や資格取得のための学習を積極的に支援することは大きな意義があるのは、ここで言うまでもありません。
現場で学ぶ暗黙知
次に暗黙知についてです。暗黙知とは、言語化しえない・言語化しがたい知識で、経験や五感から得られる直接的知識です。例えば、自転車乗り、水泳、スキーなどがよく挙げられる例です。これらは、いくらマニュアルを読み込んでも出来るようになるわけではありません。何度も何度も練習して、体で覚えるしかありません。
職人技といわれるような技能も「背中を見て覚えよ」というように、日々親方の一挙手一投足を観察し、繰り返し真似してやってみるというプロセスを通じて、体で覚える類のものと言えるでしょう。
介護の現場に当てはめて考えると、例えば、食事介助、排泄介助、入浴介助などの介護技術は、現場で反復的に行うことで習得することができる知と言えます。
できるようになるためには、まずは上司や先輩に教えてもらいながら練習し、あとは現場で実践を繰り返すことに尽きます。暗黙知の獲得は[know how](どうやってやるのかを知ること)です。山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という名言が生きてくる世界とも言えるでしょう。
ただし、自己流のやり方でよしとしてしまうと、誤った暗黙知が身体化され、そこから抜けられなくなってしまうので注意が必要です。
自分では「よかれ」と思ってやっているやり方が、実はやりすぎだったり、基本を押さえていなかったりというようなことがよくある、というのは管理者の方からよく耳にする話です。
技術・技能をじっくり確実に学ぶことができるOJTの仕組み作りに加えて、「このケアの方法は適切なのか」という視点で、専門職同士でピアレビューできる環境を作ることが重要になります。
良質な経験を積み重ねることで体得する実践知
最後に実践知についてです。実践知とは、倫理の思慮分別をもってその都度最適な判断・行動ができる実践的知です。
暗黙知と同様に、経験から得られるものですが、単に技術・技能の身体化というものではなく、価値観や道徳についての思慮分別を持つことにより、現実の具体的な文脈や状況において最善の判断を下し、行動することを可能にする知を指します。
実践知の獲得は[know what] (何をすべきかを知ること)であり、「高度な暗黙知」とも言われています。
これは、経験学習によって獲得することができると言えるでしょう。経験学習とはDavid A.Kolbが1984年に提唱した学習理論で、「①具体的経験→②内省的観察→③抽象的概念化→④能動的実践」というサイクルとしてモデル化されています※4)。
「①具体的経験」とは目の前の困難な仕事において経験を積み重ねること、「②内省的観察」とはその自らの経験を客観的に観察し、経験の意味を振り返ること、「③抽象的概念化」とは振り返りで得た経験の意味を重ね合わせ統合し理論化すること、そして「④能動的実践」とは新たな局面での意思決定や問題解決のためにそれらの理論を活用することです。
経験学習理論を踏まえると、新たな挑戦や困難を伴う良質な経験を積み重ねること、そしてその経験を客観的に振り返る機会があることが重要であることがわかります。
介護の現場に当てはめると、前者に関しては、例えば担当を固定化せず多様なケースを経験する機会を持つこと、とりわけ困難を伴うケースの担当は良い学びの機会になると言えます。
後者に関しては、カンファレンスやケース検討会等の場、あるいは日常的にフランクに意見交換をするような場が重要になると言えるでしょう。当然のことながら、そこには倫理の価値観や道徳が根付いていることや、「何をすべきか」常に前提や根拠を問い直すような職場風土であることが重要と言えます。
知の獲得に必要なこと・・・心理的安全性の高い職場風土作り
筆者は、いずれの知の獲得においても、対話や協働による学びが重要ではないかと考えています。平たくいえば、複数の人々が対話を通じて、協力しあいながら解を導こうとすることです。
対話には、他者からの刺激、他者の持つ知識の活用、他者との相互作用による新たな知の創造、自分や他者の誤りに気付くといった効果があげられます。
介護は、正解がない、目標設定や達成度評価などが難しいなど、不確実性の高い仕事です。つまり、知は固定化されたものでは通用せず、相手や状況に応じてその都度新たな知を創造し適用する必要があるとも言えます。そのために、率直に気兼ねなく自分の考えを言える、疑問を口にできる、間違いを攻撃されたりしない、そんな心理的安全性※5)の高い職場風土作りを目指したいものです。
※(注)
※1)例えば、西川真規子(2004)「ヘルパーの技能の内実と向上:アンケート調査に基づく実証分析(その1、その2)」(経営志林第41巻1号、2号)や、堀田聰子・大木栄一・佐藤博樹(2005)「介護職の能力開発と雇用管理」(東京大学社会科学研究所人材ビジネス研究寄付部門研究シリーズ№7)などがあげられる。
※2)野中郁次郎・竹内弘高(2011)「『実践知』を身につけよ賢者のリーダー」『Diamond Harvard Business Review』September、pp.10-24.
※3)本稿は、藤井賢一郎(2012)「介護職員に求められる資質の『新段階』: 地域包括ケア体制の構築に向けて」『介護福祉』87, pp.24-38. に多くの示唆を受けている。
※4)Kolb, D.A. (2014) Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development.2nd ed. N.J: Person Education.
※5)Edmondson, A. C. (2012). Teaming: How Organizations Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy.(野津智子訳『チームが機能するとはどういうことか』英治出版、2014年)
この記事の執筆者

茨城キリスト教大学 経営学部准教授
菅野 雅子
茨城キリスト教大学経営学部准教授。博士(政策学)、MBA(経営管理修士)。人事労務系シンクタンク等を経て現職。公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査検討委員会」委員。
著書に『福祉サービスの組織と経営』(共著)中央法規出版(2021年)、『介護人材マネジメントの理論と実践』(単著)法政大学出版局(2020年)など。