リフレーミングを活用した求人のすすめ
介護ニーズの拡大により、介護人材の確保が社会的な課題となっている。介護職は3K(きつい・汚い・危険)などのネガティブな印象が払拭できておらず、人手不足を補うために求人を行ったとしても、思うように人は集まらない。厚生労働省は介護職員の処遇改善とともに、介護未経験者の参入の促進を図っているが、介護業界で働くことへの不安を取り除かない限り、採用難を克服することはできないだろう。
本稿では、介護助手の求人に対して「リフレーミング(reframing)」を提案する。リフレーミングとは、物事の枠組みを変え、違う視点から見ることを意味する心理学用語である。欠点や不安といったネガティブな物事も、考え方の前提を変えることで、新しい理解を得ることも可能だ。
例えば、【准教授】という肩書もリフレーミングによって誕生した経緯がある。2007年の学校教育法の改正までは、【助教授】と呼ばれていた。役職名が変更された理由には、助教授という職名のもつ印象が実態の業務と合っていないことがあげられる。准教授の主な仕事は、自分の研究を行い、学生に対する授業や論文指導である。教授のアシスタントではなく、独立した存在だ。アシスタントとして研究・教育の補助を主たる業務を行っている役職は「助手」であり、職位としては一番下になる。
人間はものごとを判断する際、最初に受け取った情報の一片に、大きく影響を受けてしまう。こうした心理的現象を、「アンカリング(Anchoring)」という。未経験者が【介護】と【助手】の単語から、どのような印象を受けるだろうか。【介護】は、体力的・精神的にきつそう。【助手】は、上下関係が面倒くさそう。実態はどうであれ、最初にネガティブな印象を持たれてしまえば、就職をためらう可能性は高い。
1.介護助手の名称問題
介護助手は、2015年に全国老人保健施設協会が使用し始めた名称だが、人が集まらないため、あえて別の名称を用いる施設も多い。例えば、「介護補助」や「介護サポート」、「アシスタントワーカー」などの名称が使われている。
介護助手という職名の持つ印象が、業務と合っていない。介護の周辺業務(掃除・シーツ交換・食事の片付け・利用者の見守り等)が役割として期待されており、直接介護のアシスタントをしているわけではない。未経験者が直接介護を行うためには、「認知症介護基礎研修(6時間)」や「初任者研修(130時間)」が必要になる。介護助手が直接介護に関わると、それを行わせた事業者が行政指導や処分の対象となる可能性がある。つまり、直接介護の助手・補助・サポートは業務に想定されておらず、「介護補助」や「介護サポート」の名称も不適切だといえる。
第99回社会保障審議会介護保険部会(2022年10月)において、介護助手の名称について問題提起があった。菊池部会長は「介護助手というと、看護助手というイメージを思い出す。かつて看護助手は医療の世界での業務独占のもと、医師・看護師の指示のもとで働いていた。上下関係的な関係にあったと思う。ところが、介護の方では業務独占がない中で仕事を切り出して、そこを担っていただく…(中略)…介護助手という名称は得策ではないのではないか」と指摘している1。
これに対し、介護助手の発案元である東委員は「看護助手という言葉が使われ出してから、当時の看護婦さんの社会的地位やいろいろなものが上がっていった経緯がある。私が介護助手という言葉を最初に使いましたのも、介護福祉士の社会的地位が上がっていくようにという願いを込めて名前をつけた。…(中略)…介護助手に関する取り決めとか、そういうものができた暁には適切な名称に変えるのは全然、私はやぶさかではありません」と発言している2。
介護福祉士の社会的地位を高めることも大切だが、元気高齢者はそれを目的に働きたいと思うだろうか。人を集めたいのなら、相手側が何を求めているかを調べ、一緒に働くことの価値を浸透させる努力をするべきだ。
1議事録の36ページを参照
2 議事録の37ページを参照
2.マイナスを「ゼロ」にするリフレーミング
介護助手の求人について、名称変更によるリフレーミングの効果を検証した実験を紹介する。著者は2022年に、岡山県瀬戸内市で実験を行った。架空の求人票を2種類作成し(図表1)、名称変更による反応をみた。
介護助手と比較する新たな名称を、【洗濯・掃除・食事の配膳等の補助スタッフ】とした。【スタッフ】には裏方という意味があり、表に出る仕事を裏から支える担当者を指す。また、洗濯・掃除・食事の配膳と、職務を具体的に明記することで介護職員との差別化を行った。
図表1:配布した2種類の求人票
パターン1(介護助手)

パターン2(補助スタッフ)

調査の概要は、以下の通りである。
調査名「令和4年度 高年齢者のくらしと仕事に関する意識調査」
- 調査方法:郵送調査
- 調査実施委任機関:瀬戸内市役所
- 調査実施期間:2022年7月20日~8月3日
- 調査対象:瀬戸内市在住の55歳以上、75歳以下から層化無作為抽出により選出された2000人
- 抽出条件:地区(選挙区)ごとに、対象年齢の人口比率により抽出男女比は、全体比率により抽出
同一世帯からは、1人のみ抽出 - 主な調査項目:介護助手の求人票に関する反応年齢・学歴・収入・主観健康感・家族介護の有無 等
回収状況
回答数は883票(回収率44.2%)
有効回答数は無効票を除く843票(有効回答率42.2%)
調査票は、瀬戸内市の住民票を基に層化無作為抽出された、55~75歳の2000名に対して郵送した。有効回答数は843票で、有効回収率は44.5%である。記述統計量を、図表2に示した。サンプル数をみると、パターン1が402名(50.82%)で、パターン2は389名(49.18%)である。
ややパターン1の方が多いが、大きな偏りは見られない。パターン1と2の標本に偏りがないかを確認するために、各変数の平均と標準偏差を比較した。
就業の意思決定に影響を与える要因(性別、年齢、学歴、収入など)の平均や標準偏差に大きな差はみられず、分析結果に影響を与えるような偏りは認められない。
図表2:記述統計量

従来の求人票「介護助手(パターン1)」を見て、【詳細を見る】をクリックすると回答した者は41.6%であった。そして、「掃除・洗濯・食事の配膳などの補助スタッフ(パターン2)」を見て、【詳細を見る】をクリックすると回答した者は44.6%であった(図表3)。仕事の内容を具体的に明記したことで、求人票の注目度は3ポイント上昇した。一般的に、4%の改善がみられたら成功だと言われており3、今回の実験結果もリフレーミングの成功例といえよう。求人票の標記を変更するだけなので、求人コストは増やさなくていいし、お手軽な方法である。
図表3:求人情報の【詳細を見る】を選択した人の割合...

瀬戸内市の実験では、架空の求人票にあえてポジティブな単語を使わなかった。介護職員の職場環境が改善されていないならば、ポジティブな単語で飾り立てても意味はない。介護助手の名称がネガティブな印象をもたらしているなら、中性的な表現(単なる事実)を伝えるだけでも、十分な効果が期待できる。
周辺業務を担う人を集めたいなら、【介護】を使わない方が応募者は増えるであろう。しかし、介護の現場で働く職員と、同じ価値観を持った人が集まるであろうか。せっかく採用しても、すぐに離職されていたのでは意味がない。結局は、介護の現場で働いている人が感じる「やりがい」を、飾らず、素直な言葉で伝えるのがミスマッチを防ぐ、最も効率の良い方法ではなかろうか。
(参考文献)
- 内匠功(2014)「介護職員の人手不足問題」『生活福祉研究』88号
- エヴァ・ファン・デン・ブルック&ティム・デン・ハイヤー(2023)『勘違いが人を動かす:教養としての行動経済学入門』、ダイヤモンド社
- 介護職業安定センター(2023)「令和4年度介護労働実態調査」
- 3エヴァ・ファン・デン・ブルック他(2023)の406ページを参照。
- 介護人材確保地域戦略会議(2015)「介護人材確保の総合的・計画的な推進~「まんじゅう型」から「富士山型」へ~」
- 佐藤英晶(2018)「福祉人材確保に関する研究試論-介護人材の確保を中心に」
- 相良友哉・高瀬麻以・杉浦圭子・中本五鈴・馬昐昐・六藤陽子・東憲太郎・藤原佳典・村山洋史(2024)「介護老人保健施設の規模による高年齢介護助手の導入実態と課題」『日本公衆衛生雑誌』第71巻(3)
- 高瀬麻以・杉浦圭子・相良友哉・中本五鈴・馬昐昐・六藤陽子・東憲太郎・藤原佳典・村山洋史(2024)「高年齢介護助手雇用による介護職員の業務促進・阻害要素の変化と剰余的消耗韓との関係」『日本公衆衛生雑誌』J-STAGE早期公開
- 人見優子・佐伯久美子・山口由美(2020)「元気高齢者「介護助手」活用の現 状と課題」『十文字学園女子大学紀要』第51巻
- 三重県(2019)「介護助手導入実施マニュアル」
- 三井総合研究所(2022)「厚生労働省委託事業介護ロボット等による生産性向上の取組関する効果測定事業」
- リクルートHELPMAN JAPAN(2024)「介護未経験者への意識調査(2023年度)」
- PwCコンサルティング合同会社(2020)「介護助手・介護入門的研修受講者等元気高齢者なに対する効果的アプローチに関する調査研究事業
※本稿で紹介している瀬戸内市の研究成果は、JSPS科研費21K01553の助成を受けたものです。
この記事の執筆者

岡山商科大学 准教授
國光 類
学位:博士(経済学)専門分野:労働経済学、行動経済学、社会保障
担当科目:教養演習、社会保障論、社会政策、日本経済基礎、研究演習(大学院)
研究テーマ:高齢者の就業選択、ナッジを用いた就業支援、介護保険の地域格差分析
学歴:神戸大学大学院経済学研究科修士・博士課程修了(経済学修士・経済学博士)
著書「高齢期のくらしと仕事に関する調査」(2020年)、論文「介護保険における地域格差分析」(2018年)など。
地域の高齢者就業や雇用ミスマッチに関する研究を進めており、地域社会の政策評価を通じて社会的課題にアプローチしています。社会活動:岡山県瀬戸内市の生涯現役推進協議会委員としても活動中。