人口動態からみる介護事業のこれから

人口動態からみる介護事業のこれから

これからの介護事業がどうなっていくのかは、事業者にとってもご利用者とそのご家族にとっても大変気になるところだと思います。

介護事業の複数の問題点

そこでこの問題について、複数の視点から考えてみます。

日本の少子高齢化問題

現在日本では「少子高齢化」が問題になっていますが、実は世界でも2023年に10%だった65歳以上の高齢者の割合が2050年には16.3%まで増加し、14歳以下の子どもの割合は25.0%から20.0%まで減少すると予想されています。

世界中で増加する高齢者の医療・年金・介護などの社会保障を、減りゆく生産年齢人口で如何に支えていくのか、とても悩ましい時代になってきています。日本はまさにそのトップランナーなのです。

首都圏への人口流入問題

全国でも人口の多い都道府県を見ながら考えてみます。(人口数は2020年実施の国勢調査をもとに集計された国立社会保障・人口問題研究所のデータを使っています)

1,総人口【 首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)大阪、愛知 】

まずは総人口ですが、東京は2040年まで増加しその後減少に転じますが、2050年でも2020年よりも多い状況にあります。これは他県からの人口流入が多いためで、九州地域の各県からは福岡に多くの人が流入しますが、九州以外では大阪に若干移動するものの、多くは首都圏(特に東京)に移動すると想定され、他の都道府県についても同様に首都圏への移動が多いと想定されています。神奈川、埼玉、千葉は東京隣接県であり、東京に移動する人々の受け皿になっています。

1,総人口【 首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)大阪、愛知 】

出典:国立社会保障・人口問題研究所Webサイト「都道府県・市区町村別の男女・年齢(5歳)階級別将来推計人口-『日本の地域別将来推計人口』(令和5(2023)年推計)」
(URL:https://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson23/3kekka/Municipalities.asp),(2024年12月27日アクセス)

2,75歳以上人口【 首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)大阪、愛知 】

つぎに介護を必要とされる高齢者数です。介護保険上は65歳以上が主たる対象となっていますが、特に介護が必要になる75歳以上の後期高齢者の方を対象に集計してみました。

東京は2020年で170万人、2050年に250万人と想定されていて、増加数は80万人で2020年の1.5倍になります。当然、介護サービスも1.5倍に増えていかなければ介護難民を生み出すことになります。
神奈川も同様で65万人増となります。50万人以上増えるのは全国でもこの2都県だけで、介護が必要になる方が急速に増えていきます。

2,75歳以上人口【 首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)大阪、愛知 】

出典:国立社会保障・人口問題研究所Webサイト「都道府県・市区町村別の男女・年齢(5歳)階級別将来推計人口-『日本の地域別将来推計人口』(令和5(2023)年推計)」
(URL:https://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson23/3kekka/Municipalities.asp),(2024年12月27日アクセス)

それでは、この状態に対応するだけのマンパワーがあるかという点ですが、介護業界に限らず国全体の就労人口は減少していて、すでに人手不足というレベルではなく「労働力供給制約社会」と云われています。

3、就労可能人口【 都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)大阪、愛知 】

次の表は20歳から74歳を就労可能年齢として、その数を集計したものですが、人口流入が多いとみられる東京では2040年までは増加していきますが、2050年に向けて急速に減少していきます。
首都圏の他の3県については2040年の時点で10%弱の減少があり、それ以降はやはり急速に減少していきます。全国で首都圏についで人口の多い大阪、愛知では2040年で10%以上減少していて、2050年の時点では2020年の4分の3にまで減ってしまいます。

3、就労可能人口【 都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)大阪、愛知 】

出典:国立社会保障・人口問題研究所Webサイト「都道府県・市区町村別の男女・年齢(5歳)階級別将来推計人口-『日本の地域別将来推計人口』(令和5(2023)年推計)」
(URL:https://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson23/3kekka/Municipalities.asp),(2024年12月27日アクセス)

このことは何の手も打たなければ、首都圏と大阪、愛知(表にはありませんが兵庫も)は2040年までは要介護高齢者も多く、「力のある事業所であれば人手の確保も苦労しながらも経営していけるが、それ以降については大手の事業所以外は撤退や閉鎖に追い込まれてしまう」ということを示しています。

要介護者を守るための働き手の確保

それでは、どんな手を打てば要介護者を守ることができるのでしょうか。
まずは、これからの時代、働き手が介護の仕事に集まってくるのかという点について考えてみます。

デフレの時代から

介護保険の施行から約25年。これまではデフレの時代でした。

デフレは物価が下がり相対的に品物やサービスよりも貨幣の価値が高くなります。モノは売れにくく景気は悪くなり、人手も多くは必要なく常勤雇用者が減り非常勤雇用者が増えていきます。

サービスを提供する側から見ますと、非常勤での職員募集がしやすくワーカーの確保に苦労はなくなります。ただ働き手はいるものの、他分野からの移入もあるため介護の初心者も多く、介護の質を担保するためには研修を充実させていかなくてはなりません。今まではまさにそのような状態でした。

インフレの時代へ

しかし、ロシアのウクライナ侵攻を機に、小麦などの輸入農作物や飼料の価格が上がり、また石油の価格高騰などエネルギーの調達コストも上昇し、コストプッシュ型のインフレに入りました。

インフレは逆に貨幣の価値が落ちて、品物やサービスの価値が高まります。当然、働く場所は増えていきます。非常勤雇用を希望する者よりも常勤雇用を希望する者が増えていきます。

さらにSNS全盛の時代になったことも考慮しなければなりません。
インスタやTikTokには虚実入り混じりながらキラキラ生活があふれ、地味な介護よりも魅力的な世界が若い人たちを誘っています。そんな中でどうすれば選ばれるのかを考えなくてはいけません。

この危機に立ち向うためには?

現在のところ厚生労働省は、生産性の向上、外国人ワーカー、ICTなど介護DX、経営母体の大規模化でこの危機に立ち向かおうとしています。

順を追って考えてみます。

ICTなど介護DX

まず生産性の向上ですが、ご利用者の生活の質を担保しつつ、介護ワーカーの総就労時間、超過勤務時間、年次有給休暇の取得状況などの推移を、ワーカーの心理負担を見ながら、見守り機器等のテクノロジーでカバーしていくというものです。

しかし直接介護をテクノロジーに代替させることは出来ませんので、周辺業務の効率化を進めワーカーの介護外業務の負担を減らすという着地点を目指すことになります。ワーカーが介護にかける時間が増えることで業務に関わる密度が濃くなりますので、確かに生産性は上がります。

ただテクノロジーの導入には先行投資が大きいため、補助金などはあるものの中小の介護事業者には大きな負担となります。社会保障費、特に診療報酬や介護報酬が大きく増えることは期待できない中で、そのリスクをどうヘッジしていくかの道筋が見つからないと、なかなか踏み出すには難しい状況です。

外国人ワーカー

つぎに外国人ワーカーですが、冒頭述べましたように、人手不足は日本国内だけのことではなく、全世界的に直面している問題です。

人手不足の国は発展途上にある国から人手を入国させようと、様々な手立てをとっています。一部には円安で人が来ないという報道もされていますが、この点は流動的な問題であり長期的には大きな問題ではありません。むしろカントリーリスクという観点から考えると、北朝鮮と韓国との関係、中国と台湾との関係など、戦闘の起きる可能性のある国は避けられることになると考えられます。

実際に台湾の大手半導体メーカーTSMCは、リスク回避のため熊本やアメリカのアリゾナに工場を建て始めています。世界的に日本は安全であるとみられているので、この点をアピールすることで来日される方は増えていくと思われます。

ただ、そうは言っても、日本に永住しようとする者でなければ出稼ぎ状態になりますので、技能実習制度(今後の育成就労制度)から来日形態が特定技能制度に移ってきている現在では、より高い給与に人材が流れていくと考えられます。

大きな視点から見れば、海外での人手の奪い合い、国内他業界との人手の奪い合い、介護業界での人手の奪い合いに勝ち抜くだけの「何か」が確保できるかできないかの分れ目になると思われます。

もう一つ問題なのは、ドイツ、スウェーデン、デンマーク、フランス、イギリス、アメリカ(カリフォルニア州など)などの国々で、移民・難民問題が国家を揺さぶるような状態になっていることがあります。

アメリカのロサンゼルスに「リトルトーキョー」、横浜や神戸に「中華街」があるように、来日された人は同国人が少なければその国に溶け込もうとしますが、多ければ同国人同士のコミュニティを作ります。そのコミュニティが地域に溶け込めず、独自の動きをするようになり世界中で問題となっているのです。

人手不足だけに目を取られていますと、周辺事業者に就労している同国人とのコミュニティの形成など、今までとは違った問題も発生することもありますので、バランスを見ながら検討していく必要があると思います。

経営母体の大規模化

さらに国は事業経営母体の大規模化を勧めています。

間接業務や介護研修、職員募集を一元化したり、スケールメリットを活かして経費削減を図るなどして、事業者が介護報酬を直接介護に関係する費用(特に人件費)に多く投入できるような体制を作り、ワーカーの募集を円滑にしようという考え方です。

手法としては、事業や法人のM&A、社会福祉連携推進法人の活用などが挙げられ、東京と神奈川、埼玉、千葉でも2040年を過ぎれば手遅れとなりますので、今後10年の間に急速に進行していくと考えられます。

生産性の向上や外国人ワーカーの雇用を進めたとしても、人口動態の大きな波は確実に介護事業を飲み込んでいきます。

これは今までの歴史の中でも、第2次ベビーブーマーという人口動態による塾、予備校の繁栄と衰退、高校や大学の再編などの事例があり、必ず訪れる事態なのです。大規模化対策をしなければ「利用希望者は増えるが担うワーカーがいない」という時代で、要介護の高齢者を守ることは出来ません。

この記事の執筆者

江頭 瑞穗</

神奈川県出身 1987年設立の学校法人国際学園横浜国際福祉専門学校にて、介護福祉士、社会福祉士、社会福祉主事(任用)、保育士、幼稚園教諭などの養成を行う学科、コースの設立を主導し、事務長、事務局長を経て1991年理事長に就任。1995年同職を辞し、学校法人、社会福祉法人のコンサルタント業務を開業。翌1996年 株式会社日本アメニティライフ協会を設立し、グループホームケアの実践を行うと共に、神奈川県、東京都に限定した介護事業を展開。現在、子会社にて日本語学校を経営するとともに、社会福祉法人理事長として特別養護老人ホーム、老人保健施設、また医療法人理事としてクリニックの経営に携っている。